ある日、スミス夫人が病院の待合室で順番を待っていると、
小さな男の子とその母親が入って来た。
男の子は、片方の目に眼帯をしている。
母親の後から、椅子の方へ歩いて行くその子の姿を、
夫人は驚きをもって眺めた。
少年は片目を失った事など、全く気にしていない様子なのである。
その日は、病院がひどく混んでいたため、
スミス夫人はその親子とおしゃべりをする事ができた。
夫人は、一人で黙々とおもちゃの兵隊で遊んでいる男の子に話しかけた。
「その目はどうしたの?」
少年はしばらく考えてから、眼帯を持ち上げて見せ、こう答えた。
「何でもないよ。僕は海賊なんだ!」
そして、遊びに戻った。
スミス夫人は、交通事故で片足の膝から下を失ったために、
この病院で治療を受けていた。
その傷はそろそろ義足をつけられる状態にまで回復しつつあったが、
夫人の心は打ちのめされたままだった。
頭では片足の膝から下がなくても、普通の生活が送れる事はわかっていたが、
どうしても心の痛手から立ち直る事ができなかったのだ。
医師には、健康で幸福な自分のイメージを心に描く心理療法を勧められた。
夫人をそれを試してみたものの、心から受け入れられるような自分のイメージ
を描く事など、到底不可能だった。
自分を障害者としか見る事できなかったのである。
ところが、少年の「僕は海賊なんだ!」の一言がスミス夫人を変えた。
一瞬のうちに、彼女の心は時空の彼方へと飛んでいった。
夫人は、ロング・ジョン・シルバー(スティーブンソンの「宝島」に出てくる義足
の海賊)の装束を身にまとい、海賊船の上に立つ自分の姿をハッキリと見た。
彼女は両足を大きく広げ、そこに立ちはだかっていた。
片方の脚は義足だ。
両手を腰にあてがい、頭をいからせ、嵐に向かって笑っている。
疾風が髪やコートをはためかせ、船体をたたきつける怒涛が、
欄干を越えて冷たいしぶきとなって吹き上がる。
凄まじい嵐に海賊船は揺さぶられ、うめき声をあげる。
それでも彼女は臆する事なく、胸を張り、しっかりと足を踏みしめ立っていた。
この時、障害者のイメージは消え去った。
勇気が戻ってきたのである。
スミス夫人が視線を戻すと、少年はまだ忙しそうに兵隊で遊んでいた。
数分後、スミス夫人の名前が呼ばれた。
松葉杖をついて夫人が立ち上がると、その脚を見て男の子が尋ねた。
「おばさんの脚、どうしたの?」
少年の母親は困った顔をした。
スミス夫人は、短くなった自分の脚に目を落とすと、
すぐに顔を上げ、ニッコリ笑って答えた。
「何でもないの。おばさんも海賊なのよ」
/「心のチキンスープ(ダイヤモンド社刊)」より