2012 年 のアーカイブ

Gold ring solar eclipse後篇

2012 年 5 月 5 日

5/4付「Gold ring solar eclipse前篇」から読んでね。
http://www.coo-an.com/blog/archives/14793

日食が「日蝕」とも書くのは、太陽が虫が葉をはむように欠けるからだ
という。フリー百科事典「Wikipedia(ウィキペディア)」によれば、近代
天文学が確立する以前、多くの文明で日食や月食を説明する神話が
長い間語り継がれてきた。

これらの神話の多くでは、日月食は複数の神秘的な力の間の対立や
争いによって、起こるとされた。インドのヒンドゥー教の神話では、食が
起こる月の昇交点がラーフ(Rahu)、降交点がケートゥ(Ketu)という
2人の魔神として擬人化され、この二神の働きによって、食が起こる
と考えられた。

この二神が象徴する二交点は後に、古代中国で計都・羅喉(らごう)の
名で七曜に付け加えられ、九曜の一員を成している。中国では、日食
を天の警告とみなしており、よって統治者は日食の観測に非常に関心
を示し、そのため中国では整っていて、豊富な記録が残された。

日食は天狗が日を食べる事と見なされ、銅鑼(どら)を叩いて、天狗を
追い払わなければいけなかった。日食は大抵、天子の死や国の滅亡
を予告しており、兵乱や天下の大乱や、死亡や失地を引き起こすとした。

発生する災害の種類は、天象の具体的な表現からわかるとした。例えば、
日食が上部から始まれば、天子の政治に誤りがあり、横から始まれば
内乱や大きな兵乱が起こり、新たに天子が立つ兆しとし、下から始ま
れば、妃や大臣が自ら欲しいままにした。

また北京天文台には、日食神話を描いた石の彫刻があり、日食の原因
が説明されている。「金烏(太陽の象徴)の中心が、ヒキガエル(月の象徴)
によって隠されている。漢時代の人々は、この現象を太陽と月の良い組み
合わせと呼んでいた」

ここで金烏とは、金色(太陽)の中にいるという3本足の「烏(八咫烏)」
であり、ヒキガエルは月のクレーターの形に由来するものである。この
解説文からは、当時の文化において、天文現象としての事実の認識
と現象に対する愉快な見立てとが、両立していた事がうかがえる。

北欧のバイキング達の伝承を記した「スノッリのエッダ」では、スコル
と呼ばれる狼が太陽を常に追いかけており、狼が太陽に追いつくと、
日食になるという記述がある。そして、世界の終わりの日に、狼は
ついに太陽を完全に飲み込んでしまうという。

他の文化圏では日月食は驚くべき、かつ恐ろしい現象とする場合
も多かった。クリストファー・コロンブスが西インド諸島に航海した際、
服従の意思を示さない原住民を罰するために、日食を起こして
みせて(実際は日食の起こる日を知っていただけ)、パニックに
なった原住民が彼に服従したというエピソードは有名であるが、
文献上の証拠は怪しい。

日本の天照大御神の天の岩戸の神話は、日食を表しているとの
見方がある。計算上は邪馬台国の時期に、日本列島で日食が2回
起きた可能性があり、卑弥呼が死んだとされる247年と248年である。

特定された日食は、「日本書紀」推古天皇36年3月2日(AD628年
4月10日)が最古であり、それより以前は途中の文献がないため、
地球の自転速度低下により特定できない。

さーて、何をどう信じるか、信じないかは、全てあなた次第Again!

「スーパームーン現象、2012年5月5日に発生!」とNASAが発表した。スーパームーンとは、月と地球の距離が一番近くなる時に、通常よりも月が大きく、明るく見る事ができ、海の満ち潮が数センチ高くなったりする、という現象の事。月の軌道は楕円で、月と地球の距離は一定ではないため、こういった現象が起こるのだそうな。2012年のスーパームーンは、いつもより14%大きく、明るさは30%も増すとか。今夜の月が楽しみ楽しみo(^-^o)(o^-^)o Don’t miss it! この動画がわかりやすくてオススメ→ http://www.youtube.com/watch?v=kOplwuMTyS4&feature=player_embedded

Gold ring solar eclipse前篇

2012 年 5 月 4 日

巣鴨の空庵事務所の近くには、24時間営業の大きなスーパーがあり、
そこではだいぶ前から、5/21(月)に起こる金環日食用のメガネが売ら
れていた。そもそも金環日食とは、一体どういう現象なんだろう? 

「日食」とは、月が太陽の前を横切るために、月によって太陽の一部
(または全部)が隠される現象で、太陽が月によって全部、隠される時
には、「皆既日食(または皆既食)」と呼ばれる。

また、太陽の方が月より大きく見えるために、月の周りから太陽が
はみ出して見える時には、「金環日食(または金環食)」と呼ばれる。

この動画はわかりやすいので↓オススメだ。
http://www.youtube.com/watch?v=MZHpKc6Q6KU

ちなみに5/21(月)東京の場合、金環日食のスケジュールはこんな感じ。

・食の始め→ 6時19分02秒
・金環日食の始め→ 7時31分59秒
・食の最大の時刻→ 7時34分30秒
・金環日食の終わり→ 7時37分00秒
・食の終わり→ 9時02分37秒

よくここまでちゃんと↓計算できるよね。
http://naojcamp.mtk.nao.ac.jp/phenomena/20120521/about.html

ここまで盛り上げといて(笑)、実は「金環日食の間は外出禁止で
お籠もりを」という記事を読んだ。獣医でホメオパシー医でもある
森井啓二氏は、「霊的な修行をしている人は、誰一人として日食
を見る人はいませんよ。ヨガ行者も日食の間は籠もります。天皇
は昔、日食がある間は、家から出ないだけではなく、御殿全体を
隠されていたそうですよ」との事。
http://caycegoods.exblog.jp/17889017/

1221年に順徳天皇が完成させた有職故実の書「禁秘抄」によれば、
日食と月食の時には、天皇の御座所の御簾は下ろされ、御殿は席
(むしろ)で裹(つつ)まれた。公家達も、御所に来て参籠したが、とり
わけ籠もらなければいけなかったのは、天皇である。なぜ、このような
裹みと籠もりが必要だったのだろうか?
http://www.systemicsarchive.com/ja/a/eclipse.html

日食や月食について、それが身体的な面、精神的な面で変化を引き
起こす事は、あまり知られていない。日食や月食があると、身体的な
不調や精神的な不安定な状態になりやすいので、今年のスケジュール
を控えておくと良い、との事。
http://oyashima.jp/lib/pg007.html

さーて、何をどう信じるか、信じないかは、全てあなた次第! 

そして多くの文明で、日食や月食を説明する神話が、長い間
語り継がれてきた・・・

つづくーっ。

こちらは海に浮かぶ月と星。これも自然の神秘だぁ(p´〇`)qサイコー

Happy Birthday Dearest Friend♪

2012 年 5 月 3 日

5/3は空庵のBirthdayハガキや年賀状、名刺など、様々なデザイン
をお願いしている、センスの良い友人のBirthdayだ。Congratulations!

友人に送ったBirthdayカードは、最初に見た時から、彼女に送る
つもりで買ったので、気に入って頂けたようだ。「まさにアンコ野郎
には、うってつけの鯛焼きよ~」とのコト。

そう、彼女は和菓子大好きの通称「あんこらー(←未空、勝手
に命名(笑))」なので、鯛焼きのカードを送ったのだ(*^ー^)b 

色んな事があっても、ここまで無事に生きてこられて、まだまだ
楽しみが待ってるなんて、本当に幸せもんです。感涙という
彼女は、ウォークマンをプレゼントしてあげた、自分に。コレ
はBestチョイスだね。

今日はケーキ無しで、ご飯も普通のメニューだったりするかも。
でもこれは、とても尊い日常なんだよね、本当に。その通り! 

幸せのカギは、非日常ではなく、日常のド真ん中にある。

アルピニストの野口健さんは、「世界の高い山々で遭難しかけ、
自分の意識も薄くなってきた頃、目の前に見えてくる映像という
のは、自宅の近所の商店街や、よく通っているラーメン屋の
映像だったり、子供が歯を磨いている姿を、自分が後ろから
眺めているシーンだとか。人間、最後は、些細な日常生活
なんだと思う」と言っている。

日常生活の中には、毎日を楽しく生きるヒントが、いっぱい
隠れている。幸せは、名もない一日に詰まっているのだ。

去年の3.11の時には、2月の出張が全て3月に延期になった
事で、私は奈良・生駒にいた。東京は震度5強で、同じく東京
から来ていた方のご自宅は、サイドボードが倒れ、食器が
全滅という被害に遭われていた。

私も覚悟して、奈良から戻って来たのだが、巣鴨の空庵事務所
は全くの無傷で、思わず神に感謝した。そして、今月また奈良
に2回、出張がある。

彼女は「最近、あまり地震ないから、未空が出張中にまたきたり
して、なんて思ってしまったわ」という。よしっ、これは私のお役目
として、できる限りの事をしようと、本気で考えた。色々と計画し
てるからね。何があっても大丈夫だよ(^_-)-☆

いつも助けてくれて、ありがとうございます。あまりに私にできない
事が多すぎるから(ToT) 本当に本当に感謝しています。改めて
お誕生日、心からおめでとうございます! これからも4946ね(笑)

パン好きの友人のために、特大サンドイッチをプレゼント。実はコレ、キャンプ用のテントなの。超カワイイでしょ♪ 夕方、ご連絡を頂いたクライアントの方は、20時にご予約がセッティングできた。間に合って、本当に良かった。空庵の事はネットで検索し、HPを見て来て下さったとの事。ありがとうございます。このご縁に心から感謝です。今後ともよろしくお願いしますね。

強運厄除けの神様「小網神社」in 東京・人形町

2012 年 5 月 2 日

「小網神社って知ってますか? 強運といえば、ここの御守が有名で、
すぐに売り切れちゃんですよね」。きっかけは、お電話を頂いたクライ
アントの方のお話だった。こあみじんじゃ?

早速、ググってみると、小網神社はその由緒から、「強運厄除けの神様」
として崇(あが)められている。というのも、第2次世界大戦の際、戦地へ
赴く事になった氏子の出征兵士に対して行った、出征奉告祭に参列し、
小網神社の御守を受けた兵士が全員、生還されたのだ。なるほど、
それでここの御守は強運なのか。

また、昭和20年3月20日、東京下町地区に未曾有の災害をもたらした
東京大空襲の際は、社殿を含む境内建物は、奇跡的に戦災を免れた。

旧社殿は大正12年9月1日の関東大震災で倒壊したが、当時の宮司
は稲荷大神や弁財天などの御神体を抱え、近くの新大橋に避難した。

そこへ大挙して避難して来た人々に混乱がなく、また新大橋自体も
落ちずに、大勢の人が助かったといわれている。当時の様子は、
新大橋の袂にある避難記念碑にも、「小網神社の御神体を伏して
拝み、加護を願った」と記されているんだとか。

それにしても兵士が全員、生還というのは当時では、まずあり得な
い事だろう。ご祭神は「倉敷魂神(うがのみたまのかみ:お稲荷大神)」
「市杵島比売神(いちきしまひめのかみ:弁財天)」ほか、 境内の
「銭洗いの井」で金銭などを清め、財布などに収めておくと、財運
を授かる事から、現在は「東京銭洗い弁天」とも呼ばれ、崇敬を
広げているそうな。

そして本殿には、「強運厄除けの龍」として「昇り龍」と「降り龍」の
見事な彫刻がある。まさに、ドラゴンイヤーにピッタリではないか( ̄ー ̄)ニヤリ

また日本橋には七福神があり、「水天宮(弁財天)」「松島神社(大黒神)」
「末廣神社(毘沙門天)」「笠間稲荷神社(寿老神)」「椙森〈すぎのもり〉
神社(恵比寿神)」「寶田〈たからだ〉恵比寿神社(恵比寿神)」「小網
神社(福禄寿・弁財天)」「茶ノ木神社(布袋尊)」、比較的短時間で
周れるらしい。何だかワクワクしてきたなぁ。

Mさん、貴重な情報をありがとうございました。さすがはいつも護摩
炊きや神社参拝をされているだけあって、神様に護られている方
ですね。素晴らしい! いつも心からMさんを応援していますね。

小網神社サイト→ http://www.koamijinja.or.jp/

名づけて「ガオォォォォォパーカー」だ、勝手に(笑)。いかにも強そうって感じ。大人用もあるので、もうすぐ未空父のBirthdayだから、プレゼントに最高って思ったんだけど、日本では売ってないのよね・・・残念。

セラミッククラフト作家・ダンジョウセイコさん

2012 年 5 月 1 日

友人がお誕生日のお祝いにプレゼントしてくれた、お団子
を作るうさこ。最初、箱からうさこだけ出した時は、太極拳
を舞ってるのかと思った。

というのも、太極拳の最初に、「胸元でボールを抱える」
という型があるからだ。そして、三宝にお供えしたお団子
が登場し、私のコーフンはMax(笑)。あまりの可愛さに、
一人でキャーキャー騒いでしまった。

作者はセラミッククラフト作家のダンジョウセイコさん。

空庵事務所に飾ってある「和み地蔵」も彼女の作品だ。
お地蔵様は大人気で、今までもお問い合わせやご注文
を頂いたりしている。

セイコさんは、お地蔵様の目をいれる時に、なぜか気が
ついたらいつも、「大丈夫、大丈夫」と念じているそうな。

趣味で陶芸を始めてから、急に陶芸の才能が開花し、
器専門だったが、干支や招き猫など、日本の行事モノ
を作るようになった。そしていつからか、急にお地蔵様
を作るようになり、これはどう考えてもお役目だと思う。

ダンジョウセイコさんは、セラミッククラフト作家の他に、
イラストレーター、グラフィックデザイナーでもあり、デザ
イン事務所の有限会社サクセスプランニングの代表も
務めている。

その傍ら、「趣味の教室ハル」では陶芸クラスを担当。
陶芸家とはひと味違う、独創的でグラフィカルな作風
を目指しているんだとか。

和み地蔵もうさこも、見てるだけで心がほっこりして、
気持ちが穏やかになってくる。やはりセイコさんが
念じる「大丈夫、大丈夫」が効いているのだろう。

有り難いなぁ。空庵事務所に来て頂いた方には、
和み地蔵に触ってから、お帰り頂くのが儀式と
なっている。だから、何があっても大丈夫、大丈夫。

このご縁を結んでくれた友人に、心から感謝している。
私の宝物なので、一生、大事にしますね。いつもあり
がとうございますm(_ _)m

人間に生まれる確率は「盲亀浮木」

2012 年 4 月 30 日

「ありがとう」の語源は、「有り難い(有り難し)」という言葉です。

これは文字通り、「有ること」が「難(かた)い」
つまり、存在する事が難しいという意味です。

本来は、「滅多にない」や「珍しくて貴重である」ことを表しました。

実は、「ありがとう」は、仏教に由来した言葉です。

お釈迦様の教えを弟子達がまとめたとされる「雑阿含経(ぞうあごんきょう)」
の中に、「盲亀浮木(もうきふぼく)の譬(たとえ)」という有名な話があります。

ある時、お釈迦様が阿難(あなん)という弟子に、
「そなたは人間に生まれた事を、どのように思っているか」と尋ねられました。

「大変、喜んでおります」
阿難がそう答えると、お釈迦様が、重ねて尋ねられました。

「では、どれくらい喜んでいるか」
阿難は答えに窮します。

すると、お釈迦様は、一つのたとえ話をされます。

「果てしなく広がる海の底に、目の見えない亀がいる。

その亀は、百年に一度、海面に顔を出す。

広い海には、一本の丸太が浮いている。

その丸太の真ん中には、小さな穴がある。

丸太は、風に吹かれるまま、波に揺られるまま、
西へ東へ、南へ北へ、と漂っている。

阿難よ、百年に一度、浮かび上がるその目の見えない亀が、
浮かび上がった拍子に、丸太の穴にひょいと、頭を入れる事があると思うか」

阿難は驚いて、答えます。

「お釈迦様、そのような事は、とても考えられません」

「絶対にない、と言い切れるか」

お釈迦様が念を押されると、
「何億年、何兆年の間には、ひょっとしたら頭を入れる事があるかもしれません。

しかし、『ない』と言ってもいいくらい難しい事です」

阿難が答えると、お釈迦様は、
「ところが、阿難よ。私達人間が生まれる事は、
その亀が、丸太棒の穴に首を入れる事があるよりも、難しい事なんだ。

有り難い事なんだよ」と教えられたのです。

私達は人間に生まれた事を当然のように思っていますが、
人間としてこの世に生まれてくれる事は、何億年、
何兆年に一度、巡ってくるか否かというくらい、稀な事である。

「有ること難し」とは、つまり、珍しく貴重な事である。

存在する事が難しい、とお釈迦様は説いている訳です。

また、お釈迦様が民衆にわかりやすく真理を説いた最古の経典といわれている
「発句経(ほっくきょう)」には、「人の生をうくるは難く、やがて死すべきもの。

今、生命あるは、有り難し」とあります。

このように、滅多にないという意味から派生して、今、生きていること、
生かされている事に対し、不思議だ、
極めて貴重な事だという感動が生まれてきたのです。

/村上 和雄「幸せの遺伝子(育鵬社刊)」より抜粋、引用

虹と雷が同時に見られる確率って、一体どれくらい? 大自然が見せてくれた絶妙なタイミングに、心から感謝!

4/29(日)心と体が喜ぶ癒しフェスティバル in 東京 東陽町・江東区産業会館

2012 年 4 月 29 日

ココロのお休み処“空庵”が今回、初出展した「心と体が喜ぶ 
癒しフェスティバル」の会場は、東陽町の江東区産業会館。

4番出口を出たら、すぐ目の前に会場があり、階段で2Fへ。
私のような方向痴呆者でも、すぐにわかるのが有り難い。

3年ぶりに小田原から来て頂いた方を始め、東京spima
や空庵事務所にご予約下さった方、今回が初めてという
方まで、本当にありがとうございました!

この癒しフェスティバルから、メニューに加えたヒーリング
だが、体には一切触れない。時間は20分だが、まず最初
にある実験をして、それから始めさせて頂いている。この
方が後で、効果をより実感しやすいからだ。

靴は脱いで、バスタオルの上に足を置いて頂き、時計や
アクセサリー、お数珠の類は、外して頂いている。目は
つぶっても、開いていてもどちらでも構わない。

ヒーリング中に私が気になった事などは、お伝えするよう
にしている。空庵事務所で行う場合は、始まる前により
浄化が早まるように、ある儀式を行うのだが、といっても
変なアブナいものではないので、どうかご心配なく(笑)。
イベント会場では、そういった儀式は省略。

今回はお客様と色々とお話しながら、ヒーリングをした事
もあって、私からお伝えした内容については、「実は・・・
なんです」と納得して頂いた事が多かったように思う。

途中、体が揺れたりなどしたが、それはそれで揺れるが
ままにしておいて大丈夫。体が調整してくれているので、
問題はなし。眠くなったら眠ってO.Kだし、何か感じても、
感じなくても全然O.K。

まずは座って、手の平を上に向けて頂くだけだ。余分な
ものやもう手放していいものなどは、足の裏や手の平
からどんどん放出されていく。そして、ちょっと深めの
呼吸を心がけて頂ければベストだ。

ヒーリングに関するお問い合わせやご質問など、
大歓迎なので、どうぞご遠慮なく。何でもお気軽に
どうぞ。次回の「癒しフェスティバル」は6/3(日)で、
会場も同じ。特典プレゼントもあるので、くわしくは
「予庵(スケジュール)」でチェックしてみて下さいね。
http://www.coo-an.com/schedule

一石何鳥?

2012 年 4 月 28 日

ずっと見て見ぬふりをしていたが、床に煙幕が張ってるような感覚
を覚えた。といっても、実際に煙幕が張っている訳ではなく、これは
あくまで目に見えないエネルギーの世界というか、私の想念かも
しれない。いよいよ限界だな。

そう思って、GWの初日、といっても私にはずぇんずぇんカンケー
ないのだが(笑)、一気に空庵事務所の掃除に取りかかった。

まずは掃除機をかけて、徹底的にゴミを吸い取る。超久々に窓
を全開。これだけでも新しい風が入ってきて、部屋が深呼吸して
いる感じだ。トイレ掃除は特に念入りに行い、洗面所も特殊な
スポンジで磨く。

鏡はめちゃめちゃ古く、最新の物に取り替えたいのだが、備え
付けなので、どうする事もできず。今までも色々な用具を使って、
鏡を磨いてみたが、全然効果が表れない。これは潔く諦めて、
ハイッ、次!

洗面台の下の知らぬ間にカビが生えていた所は、カビキラー
で退治して、ゴシゴシ拭く。目が悪いと気がつかないよなぁ、
って普段ちゃんと、メガネかけてるでしょ(笑)。

みるみるうちに綺麗になっていく掃除は、ココロも同時に磨か
れる。自分の居場所である空庵事務所と、私の心身はしっかり
繋がっているのだ。掃除の時間はココロを振り返る時間であり、
ココロの掃除をする時間でもある。

単に「片づけなきゃ、掃除しなきゃ」ではなく、居場所=環境を
整えるというのは、自分の「内面(=心)を整える事」でもあり、
自分の「未来を整える事」にも通じる。

全てはこの空間が基盤となるのだ。掃除・整理整頓・単純作業は、
「下座行(げざぎょう)」といって、“気”を集める最良の方法なんだ
とか。心を掃き清めるつもりで、掃除する事。神様の通り道を綺麗
にするつもりで、整理整頓する事。天からのメッセージを頂くつもりで、
単純作業する事、が大切らしい。

ただひたすら磨く、綺麗にするといった掃除に集中していると、余計
な事を考えず、迷いも消えていくのがわかる。そして終わる頃には、
思考が整い、やる事が明確になった上に、心身共にスッキリ感が
味わえて、これがとてつもなく気持ちイイ。達成感も一目瞭然で、
もう一石何鳥なんだろ(笑)? 

ご褒美は特製フルーツ・ジュース。イチゴ入りは、色もピンクで鮮や
かだ。もう最高に美味しい。相変わらず、今日もイイ日だ( ̄∇+ ̄)v

美しい光のアート、その作者とは? 実はあの全自動お掃除ロボット「ルンバ」の軌跡を長時間シャッターを開いたまま、露光させる「長時間露出」で撮影した写真なのだ。ホント綺麗だよね。こうやって見ると、部屋の隅々までちゃんと掃除しまくるルンバは、仕事キッチリの働き者の上に、おりこうさんなのだ。

Bemposta後篇

2012 年 4 月 27 日

4/26付「Bemposta中篇『フランコ政権下の悪夢“盗まれた子供
たち事件”』」から読んでね。
http://www.coo-an.com/blog/archives/14769

1989年にドキュメンタリー映画「ベンポスタこども共和国」が公開
され、1993年には85人のベンポスタ人を日本に招聘し、59日間、
全国9ヶ所でサーカス公演を行った。

「強い者は下に、弱いものは上に。そして子供はてっぺんに」と
いう理念を、サーカスの演技「人間ピラミッド」として表現。ちな
みに、この時の実行委員長は、故・井上ひさしさんだった。

1995年に阪神大震災が起こり、街の復興を願って、被災者達を
元気づけるため、シルバ神父以下15人をベンポスタから呼んで、
「人間ピラミッド」の演技をした。

ここで表現される理念だが、今は世界中で「強い者は上に、弱い
者は下に。そして子供は、更に下に」という、真逆の状況になって
いる気がしてならない。

1956年、フランコ政権下の悪夢「盗まれた子供達事件」が起こ
っていた真っ只中に、その独裁体制と相反する民主主義の
「ベンポスタ」ができた。ベンポスタでは、子供達が自らの選挙で、
大臣や市長を選び、法律を決める住民会議を開催し、独自の
「コロナ」という通貨が使われていた。

まさに子供の子供による子供のための国であり、理想のコミュ
ーンを目指したのだろう。こんな夢のような共和国があったなんて、
今まで全く知らなかったなぁ。

そんなベンポスタだが、10年くらい前からは、子供達がいなくなり、
次第に閉鎖状態となっていったようだ。そして、2011年9月、創始
者のシルバ神父が亡くなった。

今となっては、幻の「ベンポスタ子ども共和国」だが、「人間ピラミ
ッド」に託した理念だけは、風化させないようにしたい。

「強い者は下に、弱いものは上に。そして子供はてっぺんに」

世界中にこの理念が行き渡り、実現化したら、どんなに素晴らし
いだろう。このスローガンを理想ではなく、現実化するのが真の
「変革」だろう。

宇宙存在のバシャールは「今、生まれている人達は、この変革
の時を助けるために、大胆に生まれてきた人達です」と言って
いる。まずはできる事から一つ、また一つ。

シルバ神父、素晴らしい理念をありがとうございました。そして、
ご冥福を心からお祈りします。

Bemposta中篇「フランコ政権下の悪夢“盗まれた子供たち事件”」

2012 年 4 月 26 日

4/25付「Bemposta前篇」から読んでね。 
http://www.coo-an.com/blog/archives/14766

ベンポスタが設立された1956年のスペインは、フランシスコ・フランコ
総統による独裁体制下だった。ここで信じられない悪夢が起きており、
それが「盗まれた子供たち」事件だ。

1939~75年まで、その後1980年代までの数十年に、カトリック教会
の司祭や修道女、医師らが組織的な新生児の拉致に関与したと
見られている。母親から奪われた子供達の正確な数はわかって
おらず、数百人から数万人説まであるという。

どうして聖職者や医師らがこぞって、新生児を盗むのか? 
到底理解できない事件だが、マドリードの産院で出産した
女性は、修道女から「経済的に落ち着くまで、一時的に
女児の面倒を見てあげる」と言われ、その申入れを受け
入れた。だが、この修道女は、その女児を他の家族に
渡していたという。

これは犯罪以外の何ものでもないだろう。母親は娘を
「盗まれた」として、修道女を訴え、被告は不法監禁と
文書偽造で起訴された。そんな事したら絶対、捕まる
事ぐらい、誰が考えたってわかるよね。一体、この
修道女は何を考えているのか? 

母親は出産後、「娘はどこにいるのか?」とこの修道女に
聞いた時、まだ半分眠っていたという。そして、修道女は
「私にそれを聞くのはやめなさい。さもないと他の娘も連れ
て行くし、あなたは姦通罪で、刑務所へ行く事になります」
と言ったという。

この母親がなぜ、子供を奪われた当時、修道女を訴えな
かったのかというと、「修道女は絶対的な存在だと思って
いたから」だという。この母親は、生き別れた娘とは、後に
再会を果たしている一方、80歳の修道女は法廷での証言
を拒否。未だ真相は闇の中だ。

フランコ政権下では、道徳教育上、問題があると見られる
家庭から、子供を引き離すという政策をとっていた。だが、
新生児の拉致は、じきに金銭目的に変わっていったという。

つまり、身代金目的の誘拐だ。母親達は多くの場合、子供
は出産して間もなく死亡し、病院がすでに埋葬したと聞かさ
れていた。だが実際は、新生児達は他の家庭に譲られたり、
売られたりしていたのだ。

こうした母親らによる訴えは、1,400件以上にものぼり、
子供を買った側が起訴される例も増えているという。

うーむうーむ、知れば知るほど有り得ない事件であり、
悪夢としかいいようがない。集団マインドコントロール
が行われていたのか。それとも・・・

つづくーっ。

Bemposta前篇

2012 年 4 月 25 日

「ベンポスタ(Bemposta)」という名前を初めて聞いたのだが、
正式名称は「ベンポスタ子ども共和国」

フリー百科事典「Wikipedia(ウィキペディア)」によれば、へスス・
シルバ・メンデス神父が、エドワード・ジョゼフ・フラナガン神父の
少年の町を手本として、1956年に自分の生まれた町、スペイン
のオレンセの町の貧しく、教育も受けず、職もない青少年達の
ための自立支援の共同体として設立したもの。

当初は、15人の若者が参加し、施設は「少年の町(シウダー・デ・
ロス・ムチャチョス)」と呼ばれた。この若者達が作った少年ホッケ
ーチームが、全国大会で活躍し、そのメンバー全員が全国少年
選抜チームに選ばれる事になり、一躍社会的な知名度を増し、
様々な援助の手が差し伸べられ、翌年、オレンセの町の7km
郊外にある古いブドウ畑を買い取り、そこに移住。

この畑の呼び名「ベン・ポスタ(スペイン語:良好な状態)」が、その
後この「少年の町」の呼称になる。その後、ベンボスタは印刷所や
プールを整備し、セラノーバの修道院及び修道院学校を併合。

サン・ペドロ・デ・ローカス修道院を再建したりして、教育の場も
獲得し、またベンポスタ国際サーカス学校を設立すると共に、
サーカス団を編成。この外国巡業が、ベンポスタの経済収入
のかなりの部分を賄っていた。

このサーカスに惹かれて、世界各地からやって来る若者も増え、
20ヶ国以上の国々から、約2,000人の若者がやって来て、この
ベンポスタの自由民として活動していた。

住民となるには、15歳以上という条件があり、サーカスの他にも、
自動車修理工場や手工芸品など、様々な経済活動が行われていた。

つづくーっ。

プロのスタジオは、全てが計算し尽されている。比較ができるようになると、色々な事がわかってくるね。新しい体験をする度に、そこには必ず気づきがあり、貴重な学びがもれなくついてくる。一生、“初体験”し続けよう!

仲間と大爆笑しながら大成功するための「お金の授業」in アキバプラザ後篇

2012 年 4 月 24 日

4/23付「仲間と大爆笑しながら大成功するための『お金の授業』in アキバ
プラザ中篇」から読んでね→ http://www.coo-an.com/blog/archives/14759

社会起業家というのは、最近よく聞くが、竹井さんはFXミリオネアであると
同時に、稼いだお金の一部を国内青少年施設、インドやタイの孤児院、
ネパールの学校へ寄付するなど、社会投資家としてグローバルな社会
貢献活動を行っている。

アショカジャパン(アショカ財団とは1981年、社会起業家の父、ビル・ドレ
イトン氏が創設した社会企業支援非営利組織)初代代表の槇加志波
(まき かしわ)氏は、「社会起業家は、優しいだけでは務まりません。
ビジネスのプロと時には対峙し、丁々発止でやりとりしなければなりま
せん。考えてみれば当然です。社会起業とは、ある種の『革命』行為
なのですから。社会起業を担う人間には、高い理想と同時に、強い
闘争心が不可欠なのです」と言っている。

竹井さんの社会投資とは、理想の未来像と現実を結びつける、スピ
ードを加速させる事。なるほど、わかりやすい。「社会投資家仲間を
1,000人創るのが目標」だと言う。ビジョンがとても明確だ。

最高の投資対象は「自分自身」であり、ユダヤ人大富豪の教えでは、
自己投資の20倍が、平均で返ってくるという。私はどうなんだろう(笑)?

1923年の関東大震災の後、金融恐慌から戦争へ突入し、安政の
大地震の後に、江戸幕府は幕を閉じた。東日本大震災はこれから
くる、日本の大きな変化を示しているんだとか。

とにかく明るくて、爽やかMaxな竹井さんは、バリ島在住の大富豪
こと、兄貴とも仲良しで、今回のセミナーも兄貴がご縁だという。

休憩時間にバリ島から、サプライズ・ゲストとして、兄貴と中継が
繋がり、会場は大盛り上がり。世界一気さくな大富豪  “兄貴”は、
最高のエンターテイナーでもある。竹井さんと兄貴、やはり魅力
的な人は、魅力的な人と繋がるんだよね。これも波長の法則だ。

多くの人が生きたいと思っていた時代に、僕達は生きている。
それは絶対に忘れてはならないと、最後は1分間の黙祷で、
3時間以上にわたる「お金の授業」は終了した。

人はやった事と同様に、やらなかった事で人生は決まっている。
死ぬ時に後悔する事を今やる。他人と過去は変えられない。
変えられるのは自分と未来。そして、未来を築くのは今であり、
実質「今」しかどうにかできるものはない。全てその通りだと思う。

竹井さんとのご縁に、心から感謝です。ありがとうございました!

周りはビルだらけだが、神田川沿いにある「柳森神社」は、とても静かだ。室町時代に太田道灌公が江戸城の鬼門除けとして、この辺りに柳の木をたくさん植えた事からこの名がついて、1458年(長禄2年)に江戸の鎮守として祀られたそうな。当時は対岸の外神田の方にあったんだとか。境内にはたぬきの像があり、「おたぬき様」と呼ばれているそうで、「たぬき」=「他抜き」とかけて、他に抜きん出るという意味から、勝負事や立身出世、金運向上にご利益があるとされている。全然知らなかったなぁ。境内には大きな石「力石」があり、出張先の広島・尾道を思い出した。知らずに「柳森神社」に導かれ、立身出世のご利益を授かった私は、やっぱりツイテルツイテル♪

仲間と大爆笑しながら大成功するための「お金の授業」in アキバプラザ中篇

2012 年 4 月 23 日

4/21付  「仲間と大爆笑しながら大成功するための『お金の授業』in アキバ
プラザ前篇」から読んでね→ http://www.coo-an.com/blog/archives/14754

竹井佑介さん曰く、「お金の稼ぎ方で智恵がわかり、お金の使い方で人格
がわかる」。これは名言だ! お金は良くも悪くも、その人本来の性格を
助長させるからね。

よく投資の世界では、「1つの籠にたくさんの卵は盛るな」、つまり分散投資
を薦められるが、彼の考え方は真逆だった。1つの籠にたくさんの卵を盛ると、
管理が大変で、分散投資は無知の表れだというのだ。そしてリスクとは、
自分の行動に対する無知から生じるとも。

あの世界一の投資家・ ウォーレン・バフェットも、「リスクとは、自分が何を
やっているか、よくわからない時に起こるものです」と言っている。リスクが
怖いのではなく、リスクを知らない事が一番怖いんだよね。リスクを知って
いれば、何かあった時に対策が立てられるんだから。

FX投資家の9割が勝てない理由は、「メンタルやテクニックを磨く事と、
人間性を磨く事の関係に気づいていない」「正しい資金管理法を知らない」
「せっかく築いた資産もコントロールできない」「自分に合った手法を探す
のではなく、手法を自分に合わせたものにする必要性がある事に気づい
ていない」「なぜ同じ手法なのに、勝つ人と負ける人がいるのかわからない」

稼ぐ器の事を「富保有意識」と呼び、その富保有意識には6段階ある。
①安定→②承認→③変化→④成長→⑤貢献→⑥愛の順番。

  「富保有意識の6段階、あなたはどのレベル?」というワークシート
があり、私は一番下の安定にも辿り着いてないと思い知る。自業
自得とはいえ、ホント情けないよね。

最後の4時間目の授業は、「お金の使い方 社会投資家への道」で、
実はお金は稼ぐよりも、使う方が難しいそうな。一度は言ってみたい
セリフだ(笑)。お金はエネルギーであり、時間と同様、何に注ぎ込む
かが大切。蓄財は難しく、散財は簡単なんだよね。

つづくーっ。

セミナーではいつも通路側の席を確保するため、かなり早めに行くので、席が取れたら、近所をお散歩するのが習わしだ。知らない町をプラプラ歩くのは楽しい。今回はオタクの聖地、秋葉原(笑)。ふと地図を見ると、近くに「柳森神社」というのがあり、ここにお参りしようと決めた。やはり私の直感は正しかった。だって神様は、薄緑の珍しい桜が満開の時に、お招き下さったのだから。もう会場に戻らねばならないギリギリの時間でお参りできたのも、決して偶然ではないだろう。こじんまりとしているが、想像以上に素晴らしい穴場の柳森神社。美しい桜の季節に、新たなスポットを発見して、素直に感激・感動した。やはり私は、いつでもどこでも護られているのだ。神様、ありがとうございます!

アッと驚く実在した丁稚奉公の「金太郎」とは?

2012 年 4 月 22 日

金太郎は家がものすごく貧乏だったため、子供の頃、
ある時計店に丁稚奉公に出されました。

「学校にもろくに行けないから、知識も教養もない。
そんな自分が生き抜いていくためには、手に職をつけるしかない」

金太郎は、日夜時計の修理工として、一生懸命になって働きました。

ところが数年後、その時計店の経営状態が思わしくなり、
何ヶ月も給料がもらえなくなってしまった事がありました。

一緒に働いていた仲間達は、人を見限って、
次々と暇を取って、逃げ出す始末でした。

金太郎も大変な思いをしたのは言うまでもありませんが、自分を雇い、
ここまで育ててくれたご主人の事を思うと、逃げ出す訳にはいきません。

むしろ、これまでの恩に報いようと、文句一ついわず、
無給で黙々と働き続けました。

そんな金太郎の努力も空しく、お店の経営状態は悪化し、
とうとう店じまいを余儀なくされてしまいました。

主人から泣く泣く「申し訳ないが、今日で辞めてもらえないだろうか」
と言われた時、金太郎は信じられない行動に出ます。

何と、これまで蓄えた全部を主人に差し出して、

「このお金を当面の生活の足しにして下さい。

私はご主人のおかげで、手に職を持つ事ができました。

だから無一文になっても、どこかで働いて暮らしていく事ができます。

このお金は今までの授業料みたいなものなので、納めて下さい」

と言ったそうです。

その後、言葉の通り金太郎は、楽々と転職を果たす事ができ、
そこで働きながら、独立するための資金を貯め、
やがて自分のお店を出す事に成功しました。

さて、丁稚奉公の「金太郎」ですが、実はこの人物こそ、
セイコーの創始者である、服部金太郎さんその人です。

/植西 聰「宇宙銀行 徳を積み立てると幸運が引き出せる(サンマーク出版刊)」より

本日、ご予約頂いたクライアントの方は、聖地セドナから帰って来たばかりで、お土産を頂いてしまった。うれしいなぁ。美味しい甘納豆もありがとうございます。特に栗甘納豆は私のお気にで、ついつい食べ過ぎてしまふ(笑)。以前から考えていた事を前倒しする結果となり、命式カルテによれば、10年ごとの大運(たいうん)の切り替えが、今年の年末。きっと素晴らしい誕生日を迎えられるだろう。長い間、本当にお疲れ様でした。自分の信じた道を、まっすぐに、まっすぐに。いつも心からAさんを応援しています。ありがとうございましたm(_ _)m

仲間と大爆笑しながら大成功するための「お金の授業」in アキバプラザ前篇

2012 年 4 月 21 日

今回の講師は、六本木ヒルズに住むFXミリオネア(億万長者)の
竹井佑介さん。その世界では超有名人だそうだが、私は竹井さん
の事は、今回のセミナーの告知で、初めて知った。

そして、直感で参加を決めたこの「お金の授業」は、告知してから
24時間で、定員の200席があっという間に埋まり、キャンセル待ち
が250名も出たとの事。つまり、私は強運だったのだ! 

竹井佑介さんは1980年7月11日、熊本県天草生まれ。広島大学
学校教育学部卒業、北海道大学博士課程前期(専門は数学)修了。

代々続く漁師の息子さんで、小学生の時から内職をやり、高学年
になるとカブトムシを売ったり、ザリガニ釣り屋で出店をやったり
していたそうな。大学生時代に初めての海外旅行で、インドを一周し、
サイババと出会った。ここら辺の話を深く聞きたかったなぁ(笑)。

学費を稼ぐために、元金3万円からFXをスタートして、2年半後に
月収1千万円を達成。「金持ち父さん貧乏父さん」の著者である
ロバート・キヨサキ氏を始め、世界的著名人に直接会って、学び
を重ねた。

元金は最初は20万円だったそうだが、自己投資に17万円使って
しまい、残った元金が3万円だったとの事。FX資金を2倍以上にした
クライアントを1年で、15名以上輩出した理論派FXコンサルタント。

最近よく聞く「FX」とは、Foreign Exchnage、「外国為替」の略で、
外国為替とは、通貨を異にする国際間の貸借関係を、現金を直接
輸送する事なく、為替手形や送金小切手などの信用手段によって、
決済する方法だ。1998年に「外国為替及び貿易法」が改正されて、
個人でも取引きが可能になった。

つづくーっ。

乞食の天使

2012 年 4 月 20 日

いつもよく働く靴屋のもとへ、ある時、天使が現れました。
乞食の姿になって・・・

靴屋は乞食の姿を見ると、うんざりしたように言いました。

「お前が何をしに来たかわかるさ。

しかしね、私は朝から晩まで働いているのに、
家族を養っていく金にも困っている身分だ。

ワシは何も持ってないよ。

ワシの持っている物は、二束三文のガラクタばかりだ」

そして、嘆くように、こうつぶやくのでした。

「みんなそうだ。

こんなワシに何かをくれ、くれと言う。

そして今まで、ワシに何かをくれた人など、いやしない・・・」

乞食は、その言葉を聞くと答えました。

「じゃあ、私があなたに何かをあげましょう。

お金に困っているのなら、お金をあげましょうか。

いくら欲しいのですか。言って下さい」

靴屋は、面白いジョークだと思い、笑って答えました。

「あぁ、そうだね。じゃ、百万円くれるかい」

「そうですか。では百万円、差し上げましょう。

但し、条件が1つあります。

百万円の代わりに、あなたの足を私に下さい」

「何!? 冗談じゃない! この足がなければ、
立つ事も歩く事もできやしないんだ。

やなこった。

たった百万円で、足を売れるもんか」

乞食はそれを聞くと言いました。

「わかりました。では、1千万円あげます。

但し、条件が1つあります。

1千万円の代わりに、あなたの腕を私に下さい」

「1千万円・・・!? この右腕がなければ、仕事もできなくなるし、
可愛い子供達の頭も撫でてやれなくなる。

つまらん事を言うな。

1千万円で、この腕を売れるか!」

乞食はまた口を開きました。

「そうですか、じゃあ、1億円あげましょう。

その代わり、あなたの目を下さい」

「1億円・・・!? この目がなければ、この世界の素晴らしい景色も、
女房や子供達の顔も見る事ができなくなる。

ダメだ、ダメだ。

1億円でこの目が売れるか!」

すると乞食は、靴屋をじっと見つめて言いました。

「そうですか。

あなたはさっき、何も持っていないと言っていましたけれど、
本当は、お金には代えられない価値あるものを、
いくつも持っているんですね。

しかも、それらは全部もらったものでしょう・・・」

靴屋は何も答える事ができず、しばらく目を閉じ、考えこみました。

そして、深くうなずくと、心に温かな風が吹いたように感じました。

乞食の姿は、どこにもありませんでした。

/中井 俊已「幸せに気づく(PHP研究所刊)」より

「方角が悪い時でも行きたい時は、何に気をつけたらいいんですか?」後篇

2012 年 4 月 19 日

4/16付「『方角が悪い時でも行きたい時は、何に気をつけたらいいんですか?』
前篇」から読んでね→ http://www.coo-an.com/blog/archives/14739

旅先でのある習慣、それは出張先で、土地の神様を見つけたら、すかさず
お参りして、ここにお導き頂いた事を心から感謝し、無事に出張が終わる
ようにお祈りする事だ。

労を惜しまず、気持ちを込めて、参拝する姿勢こそが、神社の神様へ
の最大の手土産となる。

うぶすな開運カウンセラーの山本賢介さんによれば、「神様のハート
を射止めたいという方には、一気に神様や仏様が微笑んで下さる
魔法の言葉、『〇〇神社の神様、大好きです』がお勧めです。
『大好きです』の言霊は軽やかで、一気に場のムードが明るく
盛り上がるので、神様から近寄って来られます」との事。

旅先での参拝習慣があるせいか、私は未だにスリやひったくり、
事件・事故など、怖い目に遭った事は一度もない。後は滞在中、
ワクワクして好奇心全開、知らない土地をめいっぱい楽しむ事だ。

もちろん自己選択・自己責任の元、安全第一が基本のキ! 

人は毎日、食べる物、飲む物、見るもの、聞くもの、話す言葉、
思考など、全てが複雑に絡み合って、多大な影響を無意識の
うちに受けている。そのため日頃から、自分の免疫力を下げ
ない事が大切だよね。

だって、旅先で健康を害したら、何も楽しめないでしょ。元気
だったら、何でもできる、ダーッ! 猪木は正しいのだ(笑)。

最後に、山本賢介さんの究極の言葉をご紹介しよう。

「自分の内側を大切にしていると、自分にとって何が本質か
が観えてくるので、枝葉の事は気にならなくなり、他人の目
も気にならず、自分が心から楽しめる事が増え、『今』に心
が向くようになります。

このように自分の内から輝いている人は、神社に行かず
とも、凶方位であっても、名前が悪かろうと、運勢が衰運
でも、内側からのパワーで何とかなるし、むしろ順調な事
もあるのです」

不安になると、顔がこわばるので、普段から常に笑顔で
いよう。鏡を見たら、自分にニッコリ微笑んであげよう。

「いつも笑っていよう」と決めると、ホントそうなるからね。
是非、お試しあれ。海外旅行に出かける方、めいっぱい
楽しんで来て下さいね(^_^)/~

釈尊は「大自然を抽象化すれば神となり、神を具象化すれば大自然となる」と言った。巣鴨の桜の名所、染井霊園のソメイヨシノは、涙が出るほど美しい・・・美しすぎる。これこそまさに、「真・善・美」の神の世界だ。ただひたすら感謝して、桜吹雪を浴びる、愛でる。

My“宇宙は巨大なグーグル”理論

2012 年 4 月 18 日

毎晩、「空庵をより良くするには、何をすればいいでしょうか?
私がより良くなるために、どんな事をすればいいでしょうか?
全て実行しますので、教えて下さい」と言ってから寝ると翌日、
宇宙は色々なヒントを授けてくれる。

ある時は文字で、ある時は画像で。

今日もその方法をいきなり見せてくれた。
それは実は、私が公ではずっと避けていた事だった。

だが今回、許可レベルがグーンと上がり、
新しい事をすぐに試したくなった。

試すチャンスは、すでに今月あり、それもおあつらえ向きの場だ。
そして、急にワクワクしてきた。自分の思い込みを解除しよう。

宇宙は巨大なグーグルだ。
検索ワードが肝心で、答えは全て「Yes」となる。

「私はこれから先、不幸になりますか?」「Yes」
「私はこれから先、幸せになりますか?」「Yes」

選んだ通りの“現実”を連れてきてくれるとしたら、
あなたはどちらを選ぶだろう? 

常に質問が大事なのだ。「質問力」が人生を左右する。
その質問に忠実に、巨大なグーグルは宇宙全体から、
答えを導き出してくれる。お金は1円もかからない。

冒頭の私の質問には、毎回違った答えを用意してくれる
グーグル。このタイミングも絶妙なのだ。ニクイほどに(笑)。

4/18、今日は未空母の誕生日だ。
♪Dearest Mammy Happy Birthday to you(*^^)o∀*∀o(^^*)

この世に無事、私を産んでくれて、どうもありがとう。
いつも支えてくれてありがとう。助けてくれてありがとう。
励ましてくれてありがとう。心から感謝しています。

親孝行が全然できていなくて、本当に申し訳ないけど・・・
すみません(>_<) ごめんなさいm(_ _)m

と言いつつ、グラタン作ってね(笑)。無性に食べたくなってきた。
あの味は自分では作れないので、よろしくお願いしますm(_ _)m

ママ、いつもありがとう! アナタが大好きです(*^_^*)

この美しい桜並木の先には、日暮里駅がある。そこから最終目的地、西日暮里にある私の産土(うぶすな)神社まで歩いて、「諏訪神社」がゴールだ。日は陰ってきたものの、辺りが暗くなる前には辿り着ける。時間配分もバッチリな上に、桜三昧の都内の春。こんなに穏やかで満ち足りた幸せは、決して決して当たり前ではない。同じ日本人でありながら、4/17付「未だに『電気・水道・ガス』なしという、東北のある集落の現実」のような厳しい環境下で、過酷な毎日を送っている方達も、大勢いらっしゃるのだから。今の私は感謝以外の何ものでもない。本当に有り難いと思う。そして、真剣に日本の幸せを、一人でも多くの笑顔を増やして下さいと、神に祈る。万物に感謝しながら・・・ どうもありがとうございました。

未だに「電気・水道・ガス」なしという、東北のある集落の現実

2012 年 4 月 17 日

最初で最後の超拡散希望。

助けて下さい。
もう限界かな・・・
プロジェクトの資金も底が見え、1年に及んだ支援活動にもエピローグが・・・

終わっていい支援プロジェクトがある。
終わっちゃいけない支援プロジェクトがある。

未だ電気のない集落、民家・・・そこに小さな電力を支援する俺のプロジェクト。

信じられる? 今日の写真だよ。

こんなとこがある。

この集落に約20件、電力支援をしてきた。
こんなブッコワレタ家でも、2階に上がれば、ソコニ「生」がある。
水を未だペットボトルで汲み、
ガスもなく、懐中電灯、ロウソクで灯す「生」がある。

いいのか?

「新沼君! あと3年は電気なんかこねぇな~」と笑う彼らを置いて、
「復興」と一つ覚えのように唱え、自分の事だけを考え、生きて
いいのだろうか?

俺は東北が好きだよ。
離れた時もあったけど、だからわかったこと。
俺は東北が好きだよ。

我慢強くて、モノ言わぬ。
耐えて耐えて。

みんな強くて、大好きだよ。

こんな酷い災害にあっても、耐えて。笑って。

色んな被災地を回り、支援してきた。青森から茨城まで。
多分、この集落だけ、未だライフラインが整ってない。

でも、逃げ出せない「生」がある。
なぜなら彼らは、漁師という「侍」だからだ。

明け切らぬ朝から海を拝み、日暮れまで汗を流し、
海を愛し、守り、営んできた。

津波という天災。
海を守ってきた「侍」達を、ボロボロにした。

だけど、「侍」は歩く。

文句を言わず、「侍」は汗を流す。

「侍」は俺の前で笑う。

「侍」は焼酎を抱き、泣く。
そして「何とかなるさ・・・」と笑いながら、嘘をつく。

生き残り、津波に負けなかった安すぎる「根性牡蠣」
大きなカゴに、たくさん入って2,000円。
業者が今日も、タタイテ買っていく。
「それでもいいさ・・・」と嘘をつく。

いいのかな? 俺達。
いいのかな? 東北。
いいのかな? 日本。

何もできなかった日本人よ。

したかったけど、
踏み出せなかった日本人よ。

一つにならないか?

一つになれないか?

助けて下さい。
このハゲた、安い頭をいくらでも下げるよ。
助けて下さい。

「侍」達をスタートラインに立たせてあげてくれないか?

目を背けちゃいけないんだ。
これがリアル。
一つにならなきゃいけないんだ。

facebookの「侍達へ」
最初で最後の拡散希望。

知恵を・・・
資金を・・・
元気を・・・

彼らを置いていけないよ。

今夜も支援したソーラーパネルで、
灯りを灯し、焼酎を抱いているよ。

何を想っているだろう?

連絡下さい。新沼暁之

頑張ろう東北。
じゃない。
頑張ろう日本。
じゃない。

「そんなもんじゃねぇだろ? 
東北? 日本?」だろ。

乱文失礼しました。
酔ってません。
呑んでません。

作成:新沼 暁之
http://www.facebook.com/#!/profile.php?id=100003702377601

「方角が悪い時でも行きたい時は、何に気をつけたらいいんですか?」前篇

2012 年 4 月 16 日

クライアントの方から様々なご質問を頂く度に、私はとても勉強
になって、有り難いと思っている。今回は海外に行かれる方で、
「方角が悪い時でも行きたい時は、何に気をつけたらいいんで
すか?」というご質問だった。

私も出張などがあり、空庵事務所を離れる事もあるが、自分と
してはどこに行く時も、方位は見ないし、気にしないのだ(笑)。

昔、知らないうちに、自滅の方位と呼ばれる「五黄殺(ごおうさつ)」
に出かけて、2Fの階段から下まで転げ落ちた。事故現場は日帰
り温泉で、外のプールにいたため、水着姿だった。これは早速、
当時書いていたメルマガ「空庵だより」のネタにした(笑)。

転んだって、タダでは起きましぇ~ん。人生、ネタ作りネタ作り(笑)。
ご興味のある方は、バックナンバー「Vol.124 事故はホ~ント一瞬
の出来事なんだよ ↓ カラダを張ってリポートするぜ」を読んでね。
http://www.coo-an.com/archives/630

平安時代のお姫様なら、お屋敷を一歩も出ずに生活できても、
現代はそういう訳にはいかない。仕事を持っているなら尚更だ。

ただ、私は昔から出張や海外に行く時は、人から頂いた物を
できるだけ持って行くようにしている。例えば、友人がプレゼ
ントしてくれた小物入れや、亡くなった祖母が、自分の着物を
ほどいて作ってくれた巾着などに、下着を入れたりetc.

「えっ、人からもらった物に、そんな効果があるんですか?」
とビックリされるかもしれないが、物には物のエネルギーが
ある。私のためを思って、選んでくれた物や手作りの物には、
その人の念が込められており、そのエネルギーが私を護っ
てくれる、と勝手に思っているのだ(笑)。

もちろん、信じる信じないは人それぞれ。

それから、旅先でのある習慣・・・

つづくーっ。

谷中にいた時は、未空父の社宅に住んでいたのだが、現在の日暮里駅周辺には、巨大な高層マンションがお目見えし、まるで別世界だ。おかげで下町情緒あふれる駄菓子屋の問屋街もなくなってしまった。町が綺麗になっても、長居したいとは思わないなぁ。全て昔の方が良かったとは、決して思わないが、日本から日本らしい大切な風景が、どんどんなくなっていく寂しさは否めない。谷中の桜はどう思っているのだろう。ふと聞いてみたくなった。

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