2012 年 8 月 3 日 のアーカイブ

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永遠の歌姫(ディーバ)マリア・カラス

2012 年 8 月 3 日

夜中にクラッシックを聴くのが、このところすっかり習慣となった。気持ち
がとても癒されるのだ。定番のBGMはこちら
http://www.youtube.com/watch?v=uIdqyWJF09s

オペラの発声法は特に好きではないが、アリアが無性に聴きたくなっ
たりもする。最後にクラシック・コンサートに出かけたのは、何年前だろう?
オペラに至っては小さい頃、未空母に連れて行かれたのが最後だ。

生まれて初めて見たオペラは、ビゼーの「カルメン」。また見に行きたい
なぁと思って、YouTubeで検索していたら、「永遠の歌姫(ディーバ)
マリア・カラス」という番組を見つけた。

フリー百科事典「Wikipedia(ウィキペディア)」によれば、マリア・カラスは
ギリシャ系移民の子として、アメリカのニューヨークで生まれ、1936年に
ギリシャに渡り、アテネ音楽院でエルビーラ・デ・ヒダルゴに学んだ。

1938年、アテナイ王立歌劇場で「カヴァレリア・ルスティカーナ(マスカーニ
作曲)」のサントゥッツァを歌って、デビューした。1947年にはヴェローナ
音楽祭で、「ラ・ジョコンダ」の主役を歌い、1950年にはミラノ・スカラ座に
「アイーダ」を、1956年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場に、
「ノルマ」を歌ってデビューし、それぞれセンセーショナルな成功を収めた。

カラスの最初の夫は、30歳年上のイタリアの実業家ジョバンニ・バティスタ・
メネギーニであったが、後にカラスがギリシャの大富豪で、海運王と呼ば
れたオナシスの元に出奔し、離婚。オナシスとの愛人関係は、ケネディ
大統領未亡人ジャッキーとオナシスの結婚後も続いた。

1977年9月16日、ひっそりと暮らしていたパリの自宅にて、53歳の若さで
短い生涯を閉じる。死因は心臓発作といわれるが、カラスと個人的な親交
もあり、オペラ演出家としても名高いフランコ・ゼフィレッリは、彼女の遺産
を横領したヴァッソ・デヴェッツィ(ピアニスト)による毒殺説を唱えており、
謎の部分も多い。

遺灰はフランスのペール・ラシェーズ墓地に、一旦は埋葬されたが、生前
の希望により、1979年に出身地のギリシャ沖のエーゲ海に散骨された。

マリア・カラスのような世界的なオペラ歌手、永遠の歌姫(ディーバ)は、
まさしくプロ中のプロであり、ほんまもんだ。当然、一流の人にしか
わからない苦悩があり、葛藤があり、これも振り子の法則なんだよね。

マリア・カラスに興味が湧いてきたゾという方は、是非ご覧下さいね。

「マリア・カラス 永遠の歌姫」1/7
http://www.youtube.com/watch?v=gB63Y69yr8c

「マリア・カラス 永遠の歌姫」2/7
http://www.youtube.com/watch?v=uxoHUvy74EE

「マリア・カラス 永遠の歌姫」3/7
http://www.youtube.com/watch?v=PgzDNbClJeQ&feature=relmfu

「マリア・カラス 永遠の歌姫」4/7
http://www.youtube.com/watch?v=XnJKbjJkXbY&feature=relmfu

「マリア・カラス 永遠の歌姫」5/7
http://www.youtube.com/watch?v=fLHQCrM6J4w&feature=relmfu

「マリア・カラス 永遠の歌姫」6/7
http://www.youtube.com/watch?v=TT9T4ITxGaw

「マリア・カラス 永遠の歌姫」7/7
http://www.youtube.com/watch?v=UK-flU1sFKI

奈良・橿原神宮は大和三山の一つ、畝傍山(うねびやま)の山麓にある神社で、神武天皇と媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)皇后が祀られている。 横にある深田池には、なぜか十字架が立ててあるのだが、これには何の意味があるんだろう? 橿原神宮に行く際、大体は「橿原神宮前」で降りるのだが、各駅停車で1つ先の「橿原神宮西口」に行って、この深田池の謎の十字架を見て、鳥居のたくさんある神社(←名前がわからないんだよね)にお参りしてから、橿原神宮に行くのがベストだと思う。それにしても、十字架の謎は深まるばかり・・・そっか、だから深田池なのか(笑)

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