「ベンポスタ(Bemposta)」という名前を初めて聞いたのだが、
正式名称は「ベンポスタ子ども共和国」
フリー百科事典「Wikipedia(ウィキペディア)」によれば、へスス・
シルバ・メンデス神父が、エドワード・ジョゼフ・フラナガン神父の
少年の町を手本として、1956年に自分の生まれた町、スペイン
のオレンセの町の貧しく、教育も受けず、職もない青少年達の
ための自立支援の共同体として設立したもの。
当初は、15人の若者が参加し、施設は「少年の町(シウダー・デ・
ロス・ムチャチョス)」と呼ばれた。この若者達が作った少年ホッケ
ーチームが、全国大会で活躍し、そのメンバー全員が全国少年
選抜チームに選ばれる事になり、一躍社会的な知名度を増し、
様々な援助の手が差し伸べられ、翌年、オレンセの町の7km
郊外にある古いブドウ畑を買い取り、そこに移住。
この畑の呼び名「ベン・ポスタ(スペイン語:良好な状態)」が、その
後この「少年の町」の呼称になる。その後、ベンボスタは印刷所や
プールを整備し、セラノーバの修道院及び修道院学校を併合。
サン・ペドロ・デ・ローカス修道院を再建したりして、教育の場も
獲得し、またベンポスタ国際サーカス学校を設立すると共に、
サーカス団を編成。この外国巡業が、ベンポスタの経済収入
のかなりの部分を賄っていた。
このサーカスに惹かれて、世界各地からやって来る若者も増え、
20ヶ国以上の国々から、約2,000人の若者がやって来て、この
ベンポスタの自由民として活動していた。
住民となるには、15歳以上という条件があり、サーカスの他にも、
自動車修理工場や手工芸品など、様々な経済活動が行われていた。
つづくーっ。
プロのスタジオは、全てが計算し尽されている。比較ができるようになると、色々な事がわかってくるね。新しい体験をする度に、そこには必ず気づきがあり、貴重な学びがもれなくついてくる。一生、“初体験”し続けよう!