2012 年 3 月 のアーカイブ

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配達されない福島への葉書

2012 年 3 月 11 日

2012.3.11(日)PM2:46過ぎ、巣鴨の空庵事務所でしばし瞑想
をした後、かなり大きな声で般若心経を唱えた。

昨年に引き続き、福島県双葉郡にお住まいのクライアントの方へ、
お葉書をお送りしたが、「福島原子力発電所の事故に伴い、配達
先の地域に避難指示等が発令され、または受取人様の現在の
避難先が不明である事などにより、お届けする事ができません
でしたので、お返しします。大変申し訳ございませんが、ご理解
頂きますようお願い申し上げます」という付箋が貼られ、今年も
戻ってきてしまった。これが3.11の福島の現実だ。

2012.3.11(金)、私は奈良の生駒に出張中で、夜ビジネスホテル
に帰ると、すぐにテレビをつけた。繰り返し流される津波や火の
海の映像は、あまりに恐ろしく衝撃的で、心臓がドキドキしたの
を覚えている。

翌日は新幹線で帰る予定だったが、急遽、関空から飛行機で
羽田に戻った。東京は震度5強、覚悟はしていたものの、巣鴨の
空庵事務所は、幸いにも全くの無傷だった。思わず「護ってくれ
てありがとうございます」と、玄関の出世地蔵に手を合わせた。

クライアントの方から「大丈夫でしたか?」というMailをたくさん
頂き、本当に有り難かった。福島県双葉郡にお住まいのクライ
アントの方は、何度かspimaに来て下さり、最後にお会いした
のは、2009年の東京spima。とてもポジティブで明るく、色々
な事に挑戦されていた方だった。

今はどちらにいらっしゃるのだろう? 青森や岩手のクライ
アントの方は、皆さん無事だったので、福島の方もどこかで、
元気に暮らしていらっしゃるはずだ。

このところ、また地震が頻繁に起きているが、こういう時こそ、
深呼吸を心がけ、しっかりグラウンディングをして備えたい。

そして、いつの日かまた笑顔で、福島のクライアントの方と
再会できますようにと、神に祈った。人生は一期一会。

この方を始め、私を取り巻く全ての人々が、心身共に健康で、
平和に満ち満ち、ますます豊かで幸せに暮らせますように・・・

3/12は「財布の日」 金運UPは「寅の日」を狙え!

2012 年 3 月 10 日

「366日への旅 記念日編 今日は何の日?」というサイトによると、
3/12は「財布の日」との事。

「さ(3)い(1)ふ(2)」の語呂合わせから、財布の記念日とされて
いるのだとか。完全にこじつけ感満載ですが(笑)、しかし、「春に
お財布を買い替えるのは縁起が良い」とされていますので、この
記念日もあながち、ないがしろにはできません。

そもそも、なぜ「春にお財布を買い替える」のが良いのか?
「春財布.com」というサイトでは、以下のように説明されています。

「春の時期に買う『春財布』は、(お金をパンパンに)張る財布
とも言われ、縁起がいいわけです」

では、その購入時期はいつからいつまでを指すのでしょう。
これには2つの説があるみたい。

冬至(12/21頃)~雨水(2/18頃)
立春(2/3頃)~啓蟄(3/5頃)

サイトによると「冬至が終わったらもう春、っていう考え方と、
立春が過ぎたら春、っていう2通りの考え方がある」のだそう。

どちらの時期が自分にとって”春”としてしっくりくるか。
それで決めていいのでは?との事で、どちらが正解!
という訳ではないようです。

また春財布を使い始める日や、初めて財布を下ろす日は
「寅の日がいい」ともいわれています。

寅の日は風水的には「金運アップの日」。寅の日にあやかって、
更に幸運が呼び込めるという訳ですね。

同サイトには「2012年の寅の日」がリスト掲載されていますので、
お財布をご購入の際は是非、参考になさって下さい→ http://春財布.com/

ちなみに、3月の「寅の日」は、6日(火)、18日(日)、30日(金)ですよ!

「マイスピ」より抜粋、引用
http://www.myspiritual.jp/2012/03/120305saihu.php

休日出勤の友人からランチを誘われて、空庵事務所のある巣鴨駅で待ち合わせ。江戸六地蔵尊&とげぬき地蔵尊にお参りして、ランチは巣鴨名物「ときわ食堂」へ。その後、お茶しに創業90年、行列のできるあんパンで有名な「喜福堂」へ。いつもの如く、またたくさんのプレゼントを頂いてしまった。ずっしりと重かったよね。私の大好物だらけで、何から何まで感謝ですo(≧▽≦)oいつもありがとうございます。さすが超読書家の友人だけあって、もちろん空海も読んでいた。やはりご縁があるんだよね。ますます空海にハマりそうだわ(笑)。私から何もお返しできず、本当にすみません(┬┬_┬┬) バリバリの3次元から、見えない世界まで、多岐にわたって色々な話ができて、とてもうれしかったです。たくさんのヒントをもらいました。新たなセミナーの企画、おめでとうございます(*^^)o∀*∀o(^^*) ますます真我が発揮できて、大成功するよ! いつも心から応援しています。私と出会って下さって、本当に本当にありがとう。これからも末長ーーーーーーーくよろしくお願いしますね(*^_^*)♡

自分の名前を好きになると、必ず開運する!

2012 年 3 月 9 日

このところ新しくお仕事を始める方のお名前や、これからオープン
するヒーリングサロンの命名のご依頼が続き、料金などのお問い
合わせも頂いた。ありがとうございます。

名づけ親といえば、普通「命名」になるが、私は基本的に「選名」
をさせて頂いている。つまり、クライアントの方にいくつかお名前
を考えて頂いて、その中から選ぶというやり方だ。

私が命名を承らない理由は、名前は自分の分身なので、ご本人
が考えるのがベストだと思っているからだ。

空庵ではまず、お名前の候補が決まったら、MailかFaxで送って
頂く。そして、ご予約をして頂いた後、クライアントの方に、一つ
一つのお名前を読み上げて頂く。これで音霊(おとだま)や言霊
(ことだま)、響きやトーンなどをチェックする。というのも、お名前
は書くより、呼ばれる事の方が多いからだ。

選名の料金は、お電話の15分3,000円が基本となるが、事前に
私の方で画数や陰陽など、色々とお調べしておくのはもちろんだ。

自分の名前を好きになる事は、自分を受け入れる事であり、自分
を受け入れると、必ず開運する。言葉が持つエネルギー、それが
「言霊」だ。

以前、読んだ本に、「言霊」は自分が幸せに開運して、新しい未来
や運命を切り開くだけではなく、周りにも幸せを広げ、お互いに強み
や長所・武器などを発揮し合うための、秘密のスイッチになる、と
書いてあった。

そして、言霊に力がある人は、他人を動かす不思議なエネルギー
を持っている。「あの人からの頼まれ事は断れない」「あの人と話し
ていると楽しい」「あの人と話していると安心する」「あの人の言う事
だから、きっと何かあるに違いない」「あの人のためなら、喜んで
協力しよう」。そんな不思議な力の源こそが、「言霊」なのだ、と。

人間は自分の言葉を一番、たくさん聞いて生きている。普段から
実現できない事や、現実化したら困る事を平気で口にしていると、
どんどん言葉の力が失われていくと思う。

それなら自分が発する言葉が、現実化したもO.Kで、それによって
うれしいな、楽しいな、ワクワクするな的なものにすれば、言葉に
力が宿るはずだ。

「選名」のご依頼が増えている今は、私の言霊強化月間にしようと
思う。最後に、私が大好きな「心温かきは万能なり」と同じく、日本
語の美しい言霊をご堪能下さいませ。

「優しい言葉一つで、冬中、暖かい」

3/9に入籍したという、うれしいお手紙を頂いた。ありがとうございます。サンキューの日に入籍で、39(みく)とも読めた(笑)。忘れられない結婚記念日になるなぁ。結婚式は8月の予定だそうで、双方のご両親を始め、多くの方々に祝福され、世界一幸せなご夫婦になると思う。これもお2人の損得勘定のない、誠心誠意なお付き合いの結果なので、引き寄せの法則が見事に花開いた感じだ。幸せは香水のようなものなので、人に振りかけると、自分にも必ずかかる。晴れて入籍された幸せを是非、周りの方にも「お福分け」して頂きたいと思う。いつまでも仲良く、末長くお幸せに・・・

3/10~14は靴&財布を新調するのに最適な「桃始笑」

2012 年 3 月 8 日

古代中国で考案された、季節を表す方式の一つ「七十二候(しちじゅう
にこう)」。日本でいう「二十四節気」を更に、約5日ずつの3つに分けた
期間の事を示します。

フリー百科事典「Wikipedia(ウィキペディア)」によると、「各七十二候
の名称は、気象の動きや動植物の変化を知らせる短文」になって
いて、これから迎える「桃始笑(ももはじめてさく:中国では桃始華)」
もその一つ。

こちらは二十四節気の「啓蟄」の次候にあたり、3/10~14頃の時期
を指します。

名前の通り、「桃の花が咲き始める」この時期。名称とその意味が
示すように、春の訪れを表す素敵な季節の名称の一つです。

この春の訪れ、スタートの時期にあやかり、靴やお財布などを新調
したり、磨いてお手入れするのに、良い時期ともいわれています。

また桃の花は、いにしえより「魔除けの力を持ち、安産の象徴として
神聖な花」と珍重されていました。

「ガーデンウォーカー」という花木情報サイト内でも、「縁起木」として、
桃は以下のように説明されています。

「昔から厄払いに、古事記に桃の実を投げつけて、災難を逃れたとある」

この「桃始笑」の時期に、何かを新しくスタートさせたり、大事にし始め
たりする事は、厄落とし&開運にも繋がりそうですね。

七十二候「桃始笑」にあたる3/10~14辺りは、ちょっとだけこの古来
の季節感を意識して、お過ごしになられてはいかがでしょうか。

「マイスピ」より抜粋、引用
http://www.myspiritual.jp/2012/03/post-4494.php?utm_source=myspi&utm_medium=rss

昔から桃と見ると、つい・・・手が伸びて、つい・・・買ってしまうクセがっ(笑)。3/8は国際女性Dayだというのを知ったのは、SNS上のドイツ人(?)のお友達に、お祝いのメッセージを頂いたからだ。フリー百科事典「Wikipedia(ウィキペディア)」によれば、1904年3月8日にアメリカ合衆国のニューヨークで、女性労働者が婦人参政権を要求してデモを起こした。これを受け、ドイツの社会主義者クララ・ツェトキンが、1910年にコペンハーゲンで行なわれた国際社会主義者会議で、「女性の政治的自由と平等のために戦う」記念の日とするよう提唱した事から始まった。2000年には、国連人権高等弁務官のメアリー・ロビンソン(アイルランド初の女性大統領)が21世紀に向けて、「女性が権利の獲得に向けた、これまでの歩みを祝うと同時に、女性被害者は未だに、跡を絶たない事を想起する日」であると言明する文書を発表した。イタリアでは女性が、互いにミモザの花を贈り合い(元々、男性が女性に贈る習慣がある)、この季節を迎えると、街中にミモザの花が見られる。Stefan Kreutzfeldtさん、素敵なお祝いメッセージをありがとうございました。Danke schön!

才能寄付

2012 年 3 月 7 日

日経ビジネスオンラインで、「才能寄付」という記事が目に止まった。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20120227/229130/?mlt&rt=nocnt

お隣の韓国では、「才能寄付」がブームだという。「才能寄付」とは、
日本でも知られている「プロボノ(pro bono publico)」・・・って私は、
この言葉を初めて聞いたんだけどぉぉぉぉぉ(笑)、「公共の利益の
ために、自分の才能や知識を無料で提供する事」という意味だ。

アメリカで法律事務所が弁護士に対して、無料法律相談や無料
弁護活動を義務化した事が、そのきっかけとなったんだそうな。

韓国では弁護士に限らず、誰もが広く参加できる活動にして、
「才能寄付」と呼んでいるそうで、靴の修理を長年しながら、
靴磨きのコツを貧しい人に教えて、起業を手伝う「才能寄付」
を行ったおじさんが、話題になった事もあるんだとか。

主婦もよく才能寄付に参加していて、母親達が学生時代に
学んだ専攻を生かして、お互いの子供の家庭教師になる。
これはナイスアイデアでしょ。素晴らしいよね。

大学で国語を専攻した母親は国語を、数学を専攻した母親
は数学を教える。その他にも、子供達に料理や畑仕事、折り
紙を教えたりなどの「才能寄付」もあるのだ。

農漁村の小学校では、保護者が放課後教室の先生として
活躍し、これも「才能寄付」だ。編み物やサッカー、バドミン
トン等、自分が得意とする分野や好きな分野の事を子供
に教える。この組み合わせはワクワクするよね。

東南アジアから農村に嫁いで来たお嫁さん達は、子供達
に英語と外国の文化を教えるのだ。まさに善循環でしょ。

「才能寄付」のポイントは、自分ができる事や得意とする事を、
楽しみながら長く続けるのが、一般的なボランティアとの最も
大きな違いだそうで、この“ムリなく自分が楽しみながら”が、
やっぱミソでしょ。だから、長く続けられるんだよね。

才能は最大限に活かしてあげなかったら、ホントもったいない。
そして、こんな美しい言葉もある。「あなたが持っている才能を
使いなさい。一番美しい声の鳥しか鳴かなかったら、森は静か
になってしまうだろう」。うーん、ポエムだわ゚+.(◕ฺ ∀◕ฺ )゚+.

日本でも「才能寄付」が広がるといいなぁ。韓国に続けーっ!


つみ木じゃなくて、「つむ木」なんだって。そう、ただシンプルに積んでいくだけ。この発想って、今までありそうでなかったよね。大きさも自由に変えられるので、学校とかに体験出張も行っているらしい。間伐材とかを、このつむ木に変えられたらいいのにね。廃物利用こそ、まさに善循環だと思う。

斎藤一人「ほめられる人生よりも、ほめる人生」

2012 年 3 月 6 日

何年も前のこと、私はミネソタ州モーリス市にある私立セントーメリー学園で、
34人の小学3年生を教えていた。

子供達はみな可愛かったが、
中でもマーク・エクランドは、特に記憶に焼きついている。

ハンサムな上に、いつも楽しくて仕方ないといった様子をしていて、
いたずらをした時でさえ、思わず楽しくなったものだ。

ただ、マークはひどくおしやべりで、「授業中に勝手にしゃべってはいけません」と、
一日に何回も注意しなくてはならなかった。

でも私が驚いたのは、叱られた時のマークの態度だった。

いつも真面目な顔になって、こう言うのだった。

「先生、注意してくれてありがとうございます」

初めてそう言われた時は、どう受けとめたらいいものか戸惑ったが、
いつも言われているうちに慣れてしまった。

ある日、午前中の授業で、マークのおしゃべりがあまりひどいので、
私はついに我慢できなくなった。

マークを睨むと、教師があまり言うべきではない事を言ってしまった。

「マーク! あと一言でも何か言ったら、その忙しいロにテープを貼ってしまいますよ!」

すると10秒もたたないうちに、チャックという子が言いつけた。

「先生、マークがまたおしゃべりしました!」

マークの見張りを頼んだ覚えはないのに・・・

でも、もう一度しゃべったら罰を与えると、
みんなの前で言ってしまったのだから、そうするほかなかった。

あの朝の事は、今でも忘れない。

私は机の引き出しから、もったいぶって粘着テープを取り出し、
一言も言わずに歩いて行くと、マークの口にテープでバツ印をつけた。

そして、教室の前の自分の席まで戻った。

そこでどんな様子かと目をやると、マークは私にウィンクしてくるではないか!

思わず笑い出してしまった。

クラス中がワイワイと大騒ぎする中を、私は彼の机まで戻リ、
テープを剥がし、肩をすくめた。

すると開口一番、マークは言ったのだった。

「先生、注意してくれてありがとうございました」

その年の終わりに、私は数学教師として同じ学校の中学部に移った。

それから何年かして、私の数学のクラスに再びマークがいるのを見つけた。

彼はますますハンサムになリ、あの誠実な態度は変わらないままだった。

中学3年ともなると、さすがのマークも授業をしっかり聞き始めた。

もう、昔のようなおしゃベりは姿を消していた。

ある金曜日、マークのクラスで数学を教えていると、
何かがいつもと違っているのに気づいた。

その週に入ってから、新しい学習に一生懸命とり組んできたのだが、
生徒達はこれに手こずり、だんだんイライラしてきたのだろう。

お互いにとげとげしくなっている様子だった。

私はこのまま、授業を続けるのをやめ、ここで一息いれる事にした。

そこで2枚の紙に、自分以外のクラスメート全員の名前を、
少し間をおいて、書くよう指示した。

そして、一人一人の友達について、その人の持っているいい所を
考えて、書き込んでいくように言った。

結局、授業の残りの時間は、この作業で終わってしまった。

でも教室を出る時、チャックは私にニッコリと笑いかけ、
マークは「先生、ありがとうございました。良い週末を」と言って、
でき上がったリストを渡していった。

翌日の土曜日、私は一人一人の子供について、
他のクラスメートが書いた事を、別の紙に書き移していった。

月曜日になって、そのリストをそれぞれの生徒達に渡した。

中には、2ページにわたっているものもある。

もらったリストを読み始めると、子供達の顔に笑みが広がっていった。

そしてあちこちから、こんな声があがった。

「ほんと? こんなこと書いてもらえるなんて信じられないわ」

「ヘぇーっ、僕のあんなとこがいいって言ってくれるのか」

「僕って、結構好かれてたんだな」

間もなく生徒達は、リストの事を話題にしなくなった。

生徒達同士で放課後、話し合ったのだろうか?

それとも両親に話したのだろうか?

でも、そんな事はどうでもいい事だった。

みんなが再び元気になり、心の平静を取り戻せたのだから。

生徒達は私の元から飛び立っていった。

それから何年か経った。

ある日、休暇から戻ると、両親がいつものように空港に迎えに来てくれていた。

車の中で、母がいつものように聞いてきた。

旅行先での天気はどうだったか、どんな経験をしてきたか、とかいった質問だ。

でも私は両親の態度に、何か不自然なものを感じた。

しばらくすると母が促すように、父を構目でチラっと見て言った。

「ほら、父さん。あの事・・・」父はゴホンと咳払いをした。

「マーク・エクランドの家族から、昨日の夜、電話があったよ」

「本当? ずいぶん久しぷりね。最後に手紙をもらってから、
もう何年にもなるわね。マークは元気にしてた?」

父は静かに言った。

「マークはね、ベトナムで戦死したそうだ。葬式は明日だそうだよ。
ご両親がお前にも、出席してほしいって言ってたよ」

それを聞いた瞬間、時間が止まったように感じた。

494号線のどこを車で走っていたかさえ、今でもハッキリ覚えている。

翌日の葬儀で、初めて見る軍の棺には、あのマークが横たわっていた。

じっと目を閉じた彼の顔は、とてもハンサムで凛々しかった。

その彼に向かって、私は心の中で叫んでいた。

「マーク、先生に何か言ってちょうだい。世界中の粘着テープを用意して、
あなたが話してくれるのを待ってるから。
お願い、昔みたいにおしゃべりをしてちょうだい」

教会はマークの友達でいっばいだった。

チャックの妹が「戦死した兵士を天国へ送る歌」を歌った。

よりによって、この葬式の日に、どうして雨が降らなければならないのだろう?

墓地では更に、その思いが強まった。

牧師のお祈りに続き、軍のしきたりに沿って、弔いのラッパの音が響き渡った。

一人ずつ棺に、聖水を振りかけてお別れをした。

最後に私の番がやってきた。

そこへ、棺の付添いとして立っていた兵士が近寄って来た。

「失礼ですが、マークの数学の先生ですか?」

私は棺を見つめたまま頷いた。

「マークから先生の事はよく聞いています」とだけ言うと、
その兵隊は敬礼をして去っていった。

葬儀が終わると、クラスメート達は会食のために、チャックの家に向かった。

そこではマークの両親が、私を待っていた。

「先生に是非、お見せしたいものがあります」と、
ポケットから財布を出しながら、父親が話しかけて来た。

「マークが死んだ時、身につけていたものです。
先生なら、これが何かおわかりになると思います」

そして財布の中から、2つ折りになった紙を、
破れないように丁寧に取り出した。

私には、それが何かすぐにわかった。

昔、クラスメート全員がマークのいい所を書き、
更に私が書き写した、あのリストだった。

何度も何度も、マークが手に取って読んだのだろう。

破れそうになった所を、何ヶ所もテープで繋ぎ合わせてあった。

マークの母親は、「先生、ありがとうございます。ご覧の通り、
マークはこれを宝物にしていたんです」と話した。

教え子達がマークの両親と、私の周りに集まって来た。

チャックは恥ずかしそうに微笑み、こう言った。

「先生。僕、例のリストをまだ大事に取っているんですよ。
机の一番上の引き出しに入れています」

ジョンの妻も、その後をついで言った。

「私達も結婚記念アルバムに入れています」

「私もやっばり持ってますよ、先生」とマリリンが続いた。

やがて、ビッキーがハンドバッグから財布を取り出すと、
中からすっかり古びて、擦り切れた紙が現われた。

それを見せながら、彼女は目を大きく見開き、瞬きもしないで言った。

「私も肌身離さず、持ち歩いています。あのリストは、みんなにとって、
それだけ大事なものだったんです」

その言葉を聞いた時だった。

私はついにこらえきれなくなり、椅子に座り込んで泣き始めた。

死んだマークと、そのマークに二度と会う事のない友人達のために、
涙はとめどもなく流れ続けた。

/「心のチキンスープ(ダイヤモンド社刊)」より

一龍斎貞水「自ら習い、盗まなければ身につかない」

2012 年 3 月 5 日

人間国宝の講談師に、一龍斎貞水(いちりゅうさい ていすい)と
いう人がいる。1939年、東京都文京区湯島天神坂下に生まれ、
現在73歳。

「講談は守るべきものと、開拓すべきものがある」という信念から、
独演会を主催し、1959年には「新立体怪談」を創始。私がTVで、
最初に彼を見たのは、この怪談を演じている舞台だった。

別名「怪談の貞水」

私が印象に残っているのは、彼の「自ら習い、盗まなければ身に
つかない」という言葉だ。これは本当にそう思う。そして、仕事に
対する姿勢、心得としての素晴らしい話をされているので、以下
に引用させて頂く。

“最近の若い人はよく、「教えてくれないからできない」なんて言う
けれども、そういう人間は教えたってダメですよ。 カメラだって、
シャッターを押せば写真を写す事はできる。けれどもカメラ、
写真の神髄は、教えようがない。

つまり、教えてくれないんじゃなくて、 自分が何を受け止め、
感じるかでしょう。

だから伝統芸というのは、上の人が後に続く人に、ついてこい
というものではない。後に続く者が先人の芸、技を盗み、自分
の中に取り込んで練り上げてゆく。それが伝統を守る事に
繋がってゆくのだと思います。

僕はたまに、「貞水さんはあまり、後輩にものを教えませんね」
って言われるけど、僕らは教えるんじゃなくて、伝える役なんです。

伝えるという事は、それを受け取ろう、自分の身に先人の技を
刻み込もうとするから伝わっていくもの。教えてくれなきゃ、でき
ないって言ってる人間には、教えたってできませんよ。

実は我々も若い頃、自分の技の拙いのは、先輩が教えないから
だって、愚痴っていた事がありました。そうしたら、師匠に言われ
ましたよ。

「お前達は日頃、いかにも弟子だという顔をして、俺の身の回り
の世話をしているくせに、俺が高座に上がっている時、それを
聴こう、盗もうって気がちっともない。ホッとして遊んでる。

俺が高座に上がっている時は、どんなに体がきつかろうと、
お金を払って見に来て下さっているお客様のために、命懸け
でしゃべってるんだ。その一番肝心な時に、聴いて自分から
習おう、盗もうって気がない。だから、うまくならないんだ」”

技を身につけられるかどうかは、その人に目標があるか
どうかで決まると思う。目標のある人とない人では、同じ
時間を過ごしても、教わった事や見た事などから、吸収
できるものが全く違ってくる。

何事においても、何かを身につけるという事は、時間も
お金も労力もかかる大変な事で、全て同じ過程を必要
とする。「集中」「継続」「意識の在り方」、この3点だ。

一龍斎貞水さんの話を読みながら、美老庵・師匠を思い
出していた。数々の貴重な口伝の教えに、心から感謝
している。良い仕事をして恩返しをしなきゃ。日々精進。

一龍斎貞水さんは、東京都文京区湯島天神坂下に生まれ、今もそこに住んでいるそうだが、ここは湯島天神の男坂。私は台東区谷中に生まれ、空庵事務所は巣鴨にある。どこか共通項を感じるのは、今でも神社仏閣のある下町が大好きだという事。こういう所はいつ見ても、心が和んでホッとするんだよね。私の大好きな原風景だ。

旅行や海外に行かれる方にオススメの「眞性寺」in 巣鴨

2012 年 3 月 4 日

きっかけは先月、空庵事務所にいらして下さった方の「海外旅行
の心得などもお聞きしたいなぁと思います」というMailだった。

そこでふと思い出したのが、巣鴨地蔵通り商店街に入る前、信号
を渡った左側にある真言宗豊山派醫王山東光院「眞性寺」だった。

私の巣鴨お参りコースでは、最初に行く場所で、ここには「江戸六
地蔵尊」がいらっしゃる。大きな傘をかぶり、杖を持つお地蔵様は、
江戸の六街道の出入口に置かれ、旅の無事を祈るお守り役であった。

その他の六地蔵は、東海道の尊像として品川寺(第1番)、奥州街道
沿いの東禅寺(第2番)、甲州街道沿いの江戸三大閻魔の寺として
有名な太宗寺(第3番)、水戸街道沿いの霊巌寺(第5番)にある。
第6寺は廃寺となり、消滅した千葉街道沿いの永代寺にあった。

巣鴨は昔、中山道の出発点だったので、旅の無事を祈って、この
江戸六地蔵尊にお参りして出かけた。昔の旅は命がけだったので、
みんな真剣に旅の無事を祈ったのだと思う。

江戸六地蔵尊は座っているお姿だが、そばで見ると何気に大きい
のだ。その下の左側の方には観音様がいらっしゃり、子供をだっこ
している。その昔、隠れキリシタンは聖母マリアの代わりに、観音様
に祈りを奉げていた。私が憧れる慈愛に満ちあふれたお姿なのだ。 

「眞性寺」の門は閉まらないので、夜でもお参りできる上に、ライト
アップまでされているという親切ぶり(笑)。旅行や海外に行かれる
前に、笠をかぶって杖を持ち、旅人姿の巣鴨・江戸六地蔵尊に、
お参りしてみてはいかがだろうか? 

皆様の旅のご無事と、旅先で最大級に楽しめるよう、心からお祈り
しています(^_^)/~

空庵のHPやブログを見て、いらして下さったお客様

2012 年 3 月 3 日

空庵のブログは1日1回更新だが、2/22からアメーバブログは、
私がピピっときた話題や注目のニュース、素晴らしい動画や映画、
大好きな音楽、お気にのアニメ、インパクトのある写真、時には
社会問題など、多岐にわたって紹介する、名づけて「フラッシュ・
ブログ」に大変~身! 

スタイルの異なるブログの更新情報は、ツイッターでつぶやいて
いる。そんな私のブログや空庵のHPを見ていた方が、ご予約
して下さった。ありがとうございます。

暗黒の10年間を見事に乗り切ったこの方の底力には、目を見張
るものがある。まずは、ここまで頑張ってきた自分を、めいっぱい
褒めてあげてほしい。素晴らしいパートナーとも巡り会い、次は
お仕事から「お志事」へ。

ご飯のためだけに働く仕事は、「ライスワーク(rice work)」。好き
だなぁと思ってする仕事は、「ライクワーク(like work)」。天職と
思ってする仕事は、「ライフワーク(life work)」。その人がその
職場や業界にいるだけで、明るくなるようになると、「ライトワーク
(light work)」。せっかくなら、ライトワーカーを目指しませんか?

「やれば、できる」がもしプレッシャーなら、「やれば、近づける」
と思って下さいね。未来は明るく輝いていますよ(*^ー^)b

ココロのお休み処“空庵”では、常に「一期一会」を心がけ、目に
見えない世界と地に足の着いた現実世界=3次元とのバランス
感覚を大切にしている。

「今、自分にできる事」をクライアントの方とご一緒に考え、最初
の一歩を踏み出すお手伝いをさせて頂きたいと思っている。

「何かあったらお伺いしようと思って、空庵のHPをお気に入りに
入れていました」とおっしゃるこの方は、後日「もっと早くお伺い
すれば良かったと思いました。今後ともよろしくお願い致します」
とMailを下さった。ご丁寧にありがとうございました。

私こそお会いできて、とってもうれしかったです。このご縁に心
から感謝しています。こちらこそ今後とも、末長くよろしくお願い
しますね。本日は寒い中、ありがとうございましたm(_ _)m

Birthdayハガキをご持参して下さったお客様

2012 年 3 月 2 日

「母のハガキがこんな風に、立て掛けてあったんです。何だろう
と思って見たら、ココロのお休み処と書いてあって・・・ それで
行きたい!って思って、お電話で予約したんです」と、わざわざ
取り出して見せて下さった。

このハガキは、2月がお誕生日のお母様宛てにお送りしたもので、
最後にお会いしたのは、2009年2月の東京spimaだった。もし私が、
このBirthdayハガキを送らなければ、クライアントの方と本日、空庵
事務所でお会いする事もなかっただろう。

それにしても、ハガキを立て掛けておいて下さったなんて、すっご
ーくうれしいなぁ。一人で感激・感動してしまった。うるうるうるうる・・・

巣鴨・空庵事務所にはご縁のある方しか来ないし、その方が自ら
選んだベストのタイミングでいらっしゃるので、予約もスムーズに
取れる。

江原啓之さんは、「神様は人生の名プロデューサー。あなたに
必要な人や出来事を一分(いちぶ)の狂いもなく、絶妙のタイミ
ングで与えてくれています」と言っているが、私も同感だ。

だから、迷った時、心が揺れ動く時は、ムリをしないでいい。
今すぐに決めなくても、時期がくれば、「答え」は自然と現れ
てくるもの。何事もやってくる時は、それがベストなタイミング。
それまでは放っておいていいのだ。

せっかくの一期一会をムダにしないように、気をつける事は
たった一つ。「目の前の人に、何ができるか?」

ココロのお休み処“空庵”は年中無休だ。ハガキをご持参して
下さったAさんに、心から感謝します。ありがとうございました。

明るい未来のために、ご一緒に戦いましょ♪ 大丈夫です、
必ずうまくいきますから(^_-)-☆

初めて見た串刺しおでんマレーシア風「Lok-Lok」っとな(笑)。ニンニクチリソース・スイートチリソース・マレーチャンソースの3種類につけて食べるらしい。日本のおでんと違って、汁がないって事は材料は全て、下煮してあるのかな。それにしてもアジアに行きたくなってきたなぁ。つーか元々、アジア好きだし。海外に行きたいモード全開!

耳が聞こえずらいと思ったら、即耳鼻科へ「突発性難聴」

2012 年 3 月 1 日

今、私のクライアントの方で、突発性難聴に苦しんでいる方
がいらっしゃり、とても心配しているのだが、大丈夫だろうか。

その昔、同僚が朝、出社すると、「何だか耳が聞こえないんだよね」
と言ったので、私は迷わず「コートは脱がずに、そのまま耳鼻科に
行って。お願いだから、今すぐ行って。1分1秒、争うから」

動揺している同僚に、「すぐに治療すれば、投薬で済むから。でも、
手遅れになったら、本当に耳が聞こえなくなるの」「でも・・・」「社長
には、私が言っておくから大丈夫。マジで急いで!」「わ、わかった」

突発性難聴は片耳だけが聞こえなくなるのが特徴で、原因はスト
レスと言われ、原因不明の恐ろしい病気だ。結果、同僚はやはり
突発性難聴で、紹介状を持って午後、大学病院に行った。

そして他にも、中耳炎を突発性難聴と誤診された方がいらしたのだ。
日曜当番医という事で、知らない病院へ行かれたそうだが、これが
大問題の始まり。

中耳炎であれば通院治療だが、もし突発性難聴となれば、緊急入院
&点滴。それも発症後、すぐに治療しないと、聴覚が失われるという
怖い病気だ。数日を経過した時点で、治るかどうか50:50。1週間
経過した時点で、ほとんど聴覚が戻らない。

私なら完璧にパニックだろう。ところが後に、大学病院で、ただの中耳
炎と診断されたというのだ。えっ? ハイ? い、一体、どういう事? 
唖然茫然・・・ 

大人の中耳炎は時々、症状がきついそうで、難聴がかなり解消する
まで、3週間くらいかかったという。それにしてもあまりにひどい。ひど
すぎる。「いや、単なる誤診なんで」では、決して済まされないだろう。

でも、ご無事で何よりだった。ホッ。とげぬき地蔵尊にお参りに行き、
洗い観音をゴシゴシ磨いて、それでもずっと心配していたので、本当
に良かった。ご縁を頂いた方の健康と幸せは、私の切なる願いだ。

それがリアルであれ、バーチャルであれ、貴いご縁には違いない。
こんな広い世の中で、私と出会って下さって、ありがとうございます。
巡り会えた奇跡に深謝。

3月になったとはいえ、まだまだ寒い日が続きますが、どうか皆様、
くれぐれも御身大事に。

全国のご当地レトルトカレー専門店に入り、お店の人と話をすると、最も変わり種なのが山形の「さくらんぼサクランボカレー」だそうな。「ルーがピンク色なので、インパクトは一番あるのですが、味は正直、〇〇いです」と言われたので(笑)、ホワイトデーのお返しは、別のカレーにした。でも、未だに「さくらんぼカレー」が無性に気になっている・・・

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