私は昔から、有名人のメンターに興味があり、更にそのメンターの
メンター、もしくは恐れていた人に、ココロ惹かれる傾向がある。
坂本龍馬のメンターの一人は勝海舟だが、「俺は今までに、恐ろ
しいものを2人見た。それは横井小楠と西郷南州(隆盛)だ」と述べ
ている。更に海舟が、「横井の思想を西郷の手で行われたら、敵う
ものはあるまい」と見抜いていたほどの人物なのだ。
この事がきっかけで、横井小楠を読んでみようと思ったのだが、
それまで彼の名前を全く知らなかった。こんな顔してるのよね。
http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/345.html
横井小楠(よこい しょうなん)は、幕末の政治家・思想家で1809年、
肥後藩士・横井時直の次男として、熊本に生まれた。肥後藩の藩校
である「時習館」に学んだが、居寮長に抜擢されたり、江戸留学も
命じられた秀才だった。
後に、実学党グループを作って、藩学に対抗したり、私塾「小楠堂」
を開き、藩政改革派を育てる。「実際に役立つ学問こそ、最も大事」
という小楠の教えを受けた人達のグループを「実学党」という。
肥後藩の藩政改革のために書いた「時務策」では、上層部の贅沢
を禁じ、下級武士・民衆に施す事や、特権商人を藩権力から切り
離す事などが、藩の経済行政を批判したという理由で、肥後藩に
は受け入れられなかった。
1862年、幕政改革のため、「国是7ヶ条」というものをまとめている。
1. 将軍は自ら京に行って、天皇へ過去の無礼を謝る
2. 参勤交代制度の廃止
3. 大名の妻子を国元に帰す
4. 優れた考えの人を幕府の役人に選ぶ
5. 多くの人の意見を出し合い、公の政治を行う
6. 海軍を作り、軍の力を強くする
7. 貿易は幕府が統括する
「国家は富むだけではいけない。また軍備を増強するだけでもいけない。
地球上で一番大切なのは、お互いにその立場を認め合い、お互いが
お互いを許す寛容の心がなければならない」と説いた。素晴らしい!
「国是7ヶ条」の思想が坂本龍馬に伝わり、「船中八策」となり、「五箇条
御誓文」という明治維新のバックボーンとなった。1869年、横井小楠は
京都にて、駕籠で帰宅途中、「西洋かぶれで、キリスト教を日本中に
広めた」という誤解で、暴徒数人に襲われ、暗殺されてしまった。
享年61。坂本龍馬より30年も長く生きたが、志半ばでさぞ悔しかった
に違いない。歴史の教科書には、横井小楠の名前は、ほとんど載っ
ていないが、熊本には彼の記念館もあるので、いずれ訪ねてみたい。
http://yumeko2.otemo-yan.net/e331850.html
ちなみに、小楠は酒癖がかーなーりー悪かったらしく、酒の席での失敗が多い。今は心おきなく天国で毎日、幕末の志士達と大宴会だろうか。きっと今頃、日本の現状を嘆いて、未来を憂いているに違いない。さすがは勝海舟が恐れた男だけあったものの、西郷隆盛に比べたら、知名度は圧倒的に低い。もっと有名になっても良かと。ちっくと不遇続きの小楠先生へ、私から大好きなお酒の差し入れじゃき、しこたま飲んでつかーさい(笑)