昔、ある遠い国の都の丘に立派な教会が建っていました。
その教会の高い塔のてっぺんに、
クリスマスのチャイムを鳴らす鐘があります。
でも、何年もの間、この鐘の音を聞いた者はいませんでした。
クリスマス・イブに教会に集まる人達は、思い思いに、
赤ちゃんのイエス様に誕生日の贈り物をする習わしでした。
その時、一番値打ちのある贈り物が祭壇に置かれた時に、
その鐘が鳴り出すと伝えられていました。
「天使が鳴らす鐘」だとも「風が鐘を揺すぶるんだ」とも、
言われましたが、鐘が鳴らなくなってから長い年月が経っていました。
毎年、クリスマス・イブがくると、お金持ちの人は、
競って、立派な品物を祭壇を置きました。
けれども、誰も彼も、他の人より上等な贈り物をしようとだけ考えて、
本当に心のこもった贈り物しようなどとは思いませんでした。
贈り物を置いた人は、自分こそ、鐘を鳴らす事ができるだろうと
耳を澄ましましたが、聞こえるのは、塔の上の風がうなる音だけでした。
その教会から遠く離れた村に、ペドロという男の子が弟と2人で
暮らしていました。
ペドロと弟は、教会の鐘の事は知りませんでしたが、
クリスマス・イブには、礼拝や楽しそうなお祝いがあると聞いて、
行ってみる事にしました。
クリスマス・イブは、雪が降り地面が凍る、ひどく寒い日となりました。
2人は、昼過ぎに家を出て、凍った道を手をつないで歩き続け、
日が暮れる前に、都の城壁の所まで着きました。
その時、道端にみすぼらしい女の人が倒れているのを見つけました。
長い旅の疲れと寒さで、雪の上に倒れてしまったようです。
ペドロは、女の人を揺り起こそうとしましたが、
女の人は目を覚ましません。
ペドロは決心し、弟に言いました。
「兄ちゃんは、この人を助けてあげなくちゃいけない。
教会には、お前一人で行っておくれ」
「僕、一人で? 兄ちゃんはクリスマスのお祝いに行かないの?」
「ああ」とペドロは泣き出しそうになるのを我慢して言いました。
「このおばさんは、雪の中で眠ったら凍えて死んでしまう。
町の人は、みんな教会に行って、ここを通りかかる人はいない。
兄ちゃんは、このおばさんと一緒にいてお世話してあげるよ。
礼拝が終わったら、誰か、大人の人を連れて戻っておいで。
兄ちゃん、一人じゃ運べないからね」
「でも・・・」
「教会に行ったら、兄ちゃんの分まで、何でもよく見て、よく聞いておくれ。
兄ちゃんがどんなにイエス様の誕生祝いに行きたいと思っているか、
イエス様はご存知だ。
そうそう、誰も見ていない時に、そっと祭壇の所へ行って、
この銀貨を置いて来てくれないか」
ペドロはそう言うと、銀貨を1枚、弟の手に握らせました。
その夜の教会は、いつにも増して光輝いていました。
オルガンに合わせた何千人もの美しい歌声が響いていました。
礼拝の終わり近く、贈り物を捧げる人の行列が続きました。
輝く宝石を持った人、金の塊を籠に入れている人、
何年もかけて書いた本を、祭壇の上に置こうとしている偉い学者。
行列の最後は、この国の王様でした。
王様が宝石を散りばめた冠を脱いで、祭壇に置いた時、
人々は一斉にどよめきました。
鐘は、今度こそ、鳴り出すだろうと思ったのです。
しかし、聞こえてくるのは、風の音ばかりです。
がっかりした人達の中には、これまでもあの鐘は鳴った事などないのだ
言う人もいました。
礼拝も終わりに近づき、聖歌隊が最後の賛美歌を歌い出した時でした。
突然、オルガニストが、何を思ったのか、オルガンを弾くをやめました。
それを機に、礼拝堂の中がしーんと静まりかえりました。
その時です。
人々の耳に、かすかに、でもハッキリと、
美しい鐘の音が響いてきたのです。
今まで誰も聞いた事のない、澄んだ清い調べ・・・
長いこと眠っていた鐘が、目を覚ますように鳴り出したのです。
人々は驚きのあまり、しばらくは、ものが言えませんでした。
一体、どんな素晴らしい贈り物が置かれたのでしょう?
人々は、一斉に立ち上がって、祭壇を見つめました。
人々の目に映ったのは、小さな子供の姿でした。
ペドロの弟は、誰も見ていない時に、
兄ちゃんに渡された1枚の銀貨を、そっと祭壇の片隅に置いたのでした。
レイモンド・マクドナルド・オーデン作
/中井 俊己(作家、教育コンサルタント)
メルマガ「心の糧・きっとよくなる!いい言葉」より引用