昔、この近くの村におみつさんという働き者の娘さんが住んでいた。
その彼女がある秋の日、朝市へ野菜を売りに行く途中、
町の下駄屋で可愛らしい雪下駄を見かけ、欲しくなる。
もちろん高くてお小遣いでは買えないし、両親も買ってくれない。
そこで、自分でわらぐつを編んで、
それを売ってお金を貯めようと思い立つ。
一生懸命、心をこめてわらぐつを編むが、所詮はシロウト、
不細工な物しかつくれない。
次の朝市の時に、野菜と一緒に市場に持って行ったが、
当然売れる訳もなく、がっかりしてるところ、
一人の若い大工さんが買ってくれる。
別の日、また編んで市場に持って行くと、
またその大工さんが買ってくれる。
その次の市でも、またその次も・・・
いつしか大工さんの顔を見るのが
楽しみになっていたおみつさんなのだが、
こんなにも続けて買ってくれるのが不思議でもある。
そこでとうとうある日、おずおずとたずねてみる。
「おらの作ったわらぐつ、もしかしたら、
すぐいたんだりして、それで、
しょっちゅう買ってくんなるんじゃないんですか」
すると、大工さんはニッコリして答える。
「いやぁ、とんでもねぇ。丈夫で、いいわらぐつだから、
仕事場の仲間や近所の人達の分も買ってやったんだよ 」
そして、真面目な顔で言う。
「いい仕事ってのは、見かけで決まるもんじゃない。
使う人の身になって、使いやすく、
丈夫で長持ちするように作るのが、
ほんとのいい仕事ってもんだ。
俺なんか、まだ若造だけど、今にきっと、
そんな仕事ができる、いい大工になりたいと思っているんだ」
ふだん無口な彼がとうとうと語った後、
いきなりしゃがみこんで、おみつさんの顔をみつめながら言う。
「なぁ、俺のうちへ来てくんないか。
そしていつまでもうちにいて、
俺にわらぐつを作ってくんないかな」
しばらくして、それがお嫁に来てくれということだと気がつくと、
おみつさんの白い頬が夕焼けのように赤くなる。
それから、若い大工さんは言う。
「使う人の身になって、心をこめて作ったものには、
神様が入っているのとおんなじだ。
それを作った人も、神様とおんなじだ」
/杉みき子選集「わらぐつの中の神様」
♪もうすぐ雛祭り。一つ一つ手作りの吊るし雛にも、神様が入っているかもしれない。見ているだけで優しい気持ちになってくる。