2005 年 のアーカイブ

5th Anniversary♪

2005 年 7 月 4 日

カワイイ絵文字で「Happy Birthday 空庵(^o^)/1時間ほど早いのですが、
おめでとうございます!」「HP立ち上げ記念日もすぐだね。おめでとう!
異国の地からも楽しみに、いつも見てるからね」といったお祝いMailを
もらった。すっごーくうれしい。どうもありがとね(号泣)。

アメリカの独立記念日コトJuly 4thは、ココロのお休み処“空庵”のお誕
生日であり、めでたく5歳を迎える事ができた。ひゅーひゅーぱふぱふドン
ドンドンドン♪ これも日々、アクセスしてくれるみなさんのおかげです。

どうもありがとうございます! 去年同様、ネームプレート入りのBirthday
ケーキでお祝いする。5本のロウソクを一気に吹き消すと、まるで自分の
誕生日を迎えたようで、新鮮な気持ちになる。空庵はずっと子供のような
存在だと思っていたが、実は私自身の成長記録の意味合いが大きい。
つまり、私はまだ5歳ぐらいなんだろう。どーりで幼いはずだ(笑)。

毎年、色々な出来事があり、多くの出会いがあり、別れがある。つい最近、
空庵とご縁のあった方もいらっしゃれば、立ち上げ当時からずっとご縁の
続いてる方もいる。本当に有り難い。どちらも大切にしたいと思う。

昨年は、3年ぶりにOff会をやった。大人数が集まって飲んで騒いで、
2次会はカラオケで盛り上がるといった会だけには、絶対したくなかった。
大体、ワタシがずぇんずぇん飲めないんだから。大人数も苦手だしね。

おいしい物を食べながら、お一人お一人とゆっくり話せる、こじんまりと
した“空庵”ならではのOff会を、これからも続けていきたい。ゲリラ的
に計画するので、未空風呂(未空ブログ)や寂庵(BBS)をDon’t miss it!

いつも同じコトしか言えないんだけど、空庵にアクセスして下さって、
どうもありがとうございます。Mailやカキコに勇気と元気をもらって、
ココロから感謝しています。そして、これからもココロのお休み処
“空庵”を、未空の成長を見守ってやって下さいね。末長~くよろ
しくお願いしますぅ。
20050704

現象と本質

2005 年 7 月 3 日

戦争には反対である。それが、同じ東アジアのベトナムの出来事であろうが、
遠い中東の国の事であろうが、戦争はよろしくない。そう、多くの人が思う
ように私も同感である。

しかし、戦争はなくても「人は死ぬ」。毎日毎日、事故でも事件でも、病気
でも傷害でも、それが天災であろうが人災であろうが、「人は死ぬ」。その
こと自体は珍しい事ではないのである。だからきっと、私達は「人が死ぬ」
から、戦争が嫌いなのではないのでしょう。

そう「人が死ぬ」事は、ただの現象にしか過ぎない。問題は事の本質である。
私達は、あらゆる目に見え、耳に聞こえる現象に影響されながら生きている。

「15歳の殺人」「金メダリストの妊娠」「近所づき合いの諍い」「友達の昇進」
「癌の宣告」・・・どういうイベントをとっても、それは現象である。私達は時
として現象に振り回される。起こっている出来事に揺さぶられる。

「父は確かに、私に遺産を譲ると言った」「あの時の八百長相撲は許せない」
「だから、愛人なんかの言う事は信じられない」「離婚して家を出た母の言う
事じゃない」という、ただただ起こっている出来事に対峙しているようで、
翻弄されていく。混乱が混乱を呼んで、いつまで経っても泥仕合である。

日常的に物事を考える習慣がないと、本質を観る事ができず、四方に表出する
現象だけに反応しなければならない事になるのだ。まず、自分に問いかけて
みる事である。「なぜ、今そう思ったの?」。全ての答えは自分の中にある。

なぜなら、感じている現象は、全て自分の心の反映だからである。なぜ今、
戦争が嫌だと思ったの?社会を作っていかなくてはならない。争いが嫌いな人ばかりなのに、
争いが起こり続ける世の中を改善する方法は、現象に対処する延長線上に
はないのだ。

たとえ、その現象が「人が死ぬ」くらいの出来事であっても(敢えて言うなら、
人とは100%死ぬものなのだ)、それは所詮、現象なのである。
日常を現象とともに過ごす人、本質を考えて生きる人。

/山本 正樹(経営コンサルタント・株式会社理想経営 代表取締役)
20050703

半夏生

2005 年 7 月 2 日

「今日は半夏生(はんげしょう)ですね。日本には、“音”だけでも響きの心地
良い節気や雑節がありますね。今、暦を見たところ、半夏生の半夏(はんげ)は、
“烏柄勺(からすびしゃく)”という、6月に鞘(さや)をつける薬草が生える時期
からきているそうです」というMailを頂いた。

節気とは、ニ十四節気や七十二節気のように、1年を24、または72に分けた暦だ。
ニ十四節気だけでは、農作業の基準がわかりづらかったため、更に細かく分け、
七十二節気が生まれたらしい。私にMailを下さる方の年齢層はかーなーり幅広く、
話題も様々でおもしろい。全て目を通させて頂いている。これこそが、私が空庵を
続けられる最大の原動力、つまり勇気、元気、エネルギーetc.となる。非常謝謝!

それにしても「半夏生(はんげしょう)」というのは、カレンダーでチラッと
見かけたような・・・ そして、こういう美しい日本語を聞くと、途端に右翼
チック未空の血が騒ぎ、Research魂が暴れ出す。ニッポンを♪みっなお
そ~みなおそ~(笑)。

夏至から10日過ぎた日より、5日間を「半夏生」というそうな。農家にとっては
大事な節目の日でもあり、地方によっては、この日の天候によって、その年
の稲の豊凶を占う日でもあった。

この日は、天から毒気が降るといわれ、井戸に蓋をして毒気を防いだり、この
日に採った野菜は食べてはいけないとされたりした。また、この日雨が降ると、
必ず大雨になるとも伝えられ、故にこの季節に降る豪雨の事を「半夏雨(←はん
げあめ? はんげう?)」というのである。

志摩や熊野の沿岸部では、この日は「ハンゲ」と呼ばれ、豆や雑穀の煎り物
を禁じる日でもあった。佐賀県では、畑の地の神「地荒神(ちこうじん)」を
祭る日であったとか、青森県では半夏の後に田植えをすると、1日につき1粒
ずつ収穫が減るとか、埼玉県では竹の花が咲いたり消えたりし、それを見ると
死ぬとされているので、この日は竹林に行ってはいけない等、地方によって
様々な言われがあるようだ。

そのため、半夏生は地方によって様々な物忌みの守られていた日でもあった
と推測している学者もいる。

また、ハンゲというのは妖怪の名前であり、この妖怪が年に1度、この日、
田畑を徘徊するので、その難を避けるという理由で、労働休みの日とされ
ていた地域が、一部にあったという。へぇ~、妖怪ハンゲでっか。どっかに
いそうだよね。見てみたくないですか(笑)? 教えて、水木しげる先生!

また、以前にはこの日、「夏経(←なつきょう? げきょう?)」という経
を寺で読んだり、虫送りの行事を行う所も多くみられた。伊賀地方でも、
この日までに田植の仕事を完了する事とされ、一種の農閑期の行事と
して、古くから農山村での暮らしの中に位置づいてきたように思われる。

ちょうど梅雨も過ぎ、田植仕事も一段落ついた農家にとって、一息入れるのに、
ほど良い時期でもあった。やがて来る極暑の時期の農作業、そして秋の農繁
期へとうち続く労働の日に備える、常民の知恵がこうした骨休めを目的とする、
半夏生の5日間を生み出したものと推察されるのである、んだと。

関西ではこの日に蛸を、讃岐ではうどんを食べる習慣がある。

また、半夏に似た名前の「半夏生」という毒草も存在するが、半夏とは全く別
の種類の植物だそうな。こちらは化粧を施したような真っ白の花が咲くため、
「半化粧」と名づけられ、それが変化して「半夏生」になったのではないかと
いう説もあるんだって。ほぇぇぇ~。もう知らない事だらけですわ、ペチッ(笑)。

いやいや、勉強になりました。N.Tさん、日本語再発見Mailどうもありがとう
ございました! いずれにしても、半夏生には深~い意味がこめられてる
んですね。うーむ、感動した。まさに♪ニッポン、チャチャチャですな(笑)
20050702

YRP野比

2005 年 7 月 1 日

品川から京浜急行でボックス・シートのある特快に乗り、約1時間で「YRP野比」に着いた。
すでに潮風の香りがする。変わった駅名だが、YRPとは横須賀Research Parkの略だそうな。

改札口で待っていた友人は、会うなり「今日は雨がひどくなる前に、このまま海に行きます。
未空さんにTシャツやビーチサンダルなど、海道具一式を用意しました。タップリ波に浸か
ってもらいますので」と大きなバッグを抱えていた。うわーっ、さすが気が利いてるなぁ。

駅から10分ほど歩くと、道の先に海が見えた。もうそれだけでうれしくなる。野比海岸
は鉛色の空とはいえ、贅沢なプライベートビーチだった。近くのトイレで、持参してくれた
帽子にTシャツ、パンツに着替え、「キャーキャー、海だ海だぁ」とはしゃぎながら、波打
ち際めがけてダーッシュ。まるで子供の頃に帰ったようだ。そぼ降る雨も何のその、
砂浜の感触にエネルギーをもらう。潮風は優しく、波と戯れてるだけで気持ちいい。
体がどんどん元気になっていく。これこそ自然治癒力だ。

「未空さん、コレ何かなぁ?」「どれどれ・・・ この青いビニールっぽい奴? えっ、
ゴミじゃないの。うっそぉーっ!」「ホラ、だって動いてるよ」「ホントだぁ。キモ~い。
携帯で撮る(笑)」「あっ、こっちにもいっぱいいるよ」「ひぇぇぇ~。何コレ~」「何かの
卵かな」「ねぇねぇ、何でこんなにてんとう虫がいるの?」「未空さん、クラゲに気を
つけて」「うわーっ、大群じゃん!」「コレって貝?」「大きいね。形がオモシロ~イ」etc.

改めて眺めると、砂浜はワンダーランドだ。正体不明の色々な物が散らばっていて、
見ていて飽きない。あっちゅー間に時間が過ぎていった。雨も激しくなってきて、
彼女のお母様から電話があり、「ゴハンを食べに戻って来なさい」と言ってくれた。

知る人ぞ知る森繁久彌邸を仰ぎ見て、巨大なサボテンに慄き、夏野菜の丘を抜け
ると、彼女の家に到着。超可愛いダックスフンドのごんぞう君が、お尻尾をブンブン
させ、元気良くお出迎えしてくれた。たけしファンの彼女が、鬼瓦ごんぞうのキャラ
が気に入って命名したとか(笑)。

小さい頃、大人用の自転車に乗って、そのまま田んぼに突っ込んだり、船で遊ん
でいて綱が切れ、沖まで流された後、泳いで岸まで帰って来たが、その時の記
憶が全くないという、ごんちゃんに負けないくらいやんちゃでFunkyなお母様から、
「まずはお風呂にどうぞ。それからゴハンにしましょう」と言われ、早速お言葉に
甘えてしまった。友人が用意してくれたローズの香りにリラックスしながら、
窓の外を眺め、図々しくも一番風呂を堪能する。ゴクラク~ゴクラク~♪

ランチはお母様手作りのエビフライ、とんかつ、ポテトサラダ、南瓜の煮物etc.
豪華てんこ盛り。ワーイワーイ♪ マグロ好きな私のために、3種類の漬け
まで用意して下さった(号泣)。何もかも本当においしくって、遠慮のない私
は全て食べ尽す。いつでもどこでも軍隊アリ未空なのだ(笑)。

デザートは横須賀名物、小泉首相の「純ちゃん饅頭」。まだ売ってるんだね。
感動した(笑)。鎌倉のサブレで有名な豊島屋の「小鳩豆楽」をお土産に
頂いてしまった。もうお初づくしだ。心のこもったおもてなしは、人を優しく
温かく、そして豊かにしてくれる。ただひたすら有り難いと思った。

見ず知らずの私に・・・うるうるうるうる・・・ 大変お世話になり、恐縮して
おります。おかげさまで、とっても楽しかったですぅ♪ ココロ豊かな友人&
Funkyなお母様、車で送って下さった優しいお父様、どうもありがとうござい
ました! こちらこそ末長くよろしくお願いしますね。また、遊びに行きます。
20050701

I remember・・・

2005 年 6 月 30 日

もうずっと読み続けているメルマガの冒頭は、いつもこんな書き出しで始まる。

「人生、楽に生きてこそ、本物なり」。この視点(心のポジション)にいるだけで、
成り行きで生きて幸せを感じられる。というコンセプトで、「気持ちが軽くなる
着眼点」や「好きな事をしてツキの流れに乗るヒント」などを提供していけれ
ばと思います。書き留めたい「目覚めの一言」

今回、届いた内容に、思わず共感し、ある人を思い出した。

>「静かなワクワク」という言葉が好きだ。飛び上がって、走り回りたくなる
>ようなワクワク感じゃなくて、静かにこみ上げてくるワクワク。

これは瞑想がうまくいった後に起こる感覚に似ている。最近、よく相互リンクの
お願いMailを頂くのだが、その中には瞑想体験者の方もいらっしゃる。お礼方々
「私の迷走体験記は、肉体的な変化が凄まじく笑ってしまうほど。詳しくは
未空ブログ、略して“未空風呂(笑)”の3/19から読んで下さいね。ノゾキ、
手鏡大歓迎です(笑)」とお返事した。すると、

「未空さんの瞑想(迷走)体験スゴいです! まさしく“弟子の準備が整った時、
師匠は現れる”ですね。いきなり感動してしまいました。そして、おもしろい
です(^▽^) 私のしょぼい瞑想体験とは大違いです。まだ全部を拝見できて
いませんので、これから度々訪問させて下さいね。じっくりと読みたい所だらけ
ですので」とゆーうれしいMailを頂いた。いよいよ、来週末は「迷走2nd stage」
なので、何かがまた起きるかもしれないよ~んだ(笑)。

>「落ち着いた明るさ」という言葉に響いた。はしゃぎ回る明るさじゃなくて、
>精妙なる明るさ。

明るいというのは、単にうるさかったり、無神経だったり、周りに配慮が足りな
かったり、人を傷つける場合もある。考えてみれば、私のお導き役の人達は
例外なく、この「落ち着いた明るさ」を持っている。

また「精妙なる」という表現は、瞑想のセミナーの際、繰り返し出てくる言葉で
あり、広辞苑では「精密で巧みな事」「優れて巧みな事」と出ていた。英語だと
「上品な、洗練された、優雅な」という意味もある「refined」になるのか。ふーん。

>「とぼけた賢さ」という言葉を思いついた。抜け目ない賢さじゃなくて、ほの
>ぼのとした賢さ。

前に雨の中、レクチャーを聞きに行って、超感動した脉診流の会長は、このタイプ
だろう。老若男女問わず、飄々として自然体な人に魅力を感じてしまう。きっと
私には難しいからだろうなぁ(泣)。

彼曰く「人を助けようなんて思いなさんな。その代わり、治療する時は命がけで、
全身全霊で取り組む事」と言った。まさに、ヴェーダでいう「気にすべきは行動
そのものであって、行動の結果ではない。成すべき事を成した後は、その行為
は神に預け、自らは結果を思い煩うべきでない」と同じ意味だろう。

そして最後に、今、脉診流を勉強している若い学生に、「ご縁のある方を淡々と」
という言葉を贈った。うーむ、素晴らしい。ワンダホー! この言葉はとても
印象的で、何かある度に思い出す。人間は本質がわかってくると、この会長の
ように飄々としてくるんだろうなぁ。きっと。

ふと「とぼけた賢さ」の会長を思い出したら、肩の力がスッと抜けた・・・
20050630

M.Mさんへ

2005 年 6 月 29 日

Life is an opportunity, benefit from it.

Life is beauty, admire it.

Life is bliss, taste it.

Life is a dream, realise it.

Life is a challenge, meet it.

Life is a duty, complete it.

Life is a game, play it.

Life is costly, care for it.

Life is wealth, keep it.

Life is love, enjoy it.

Life is mystery, know it.

Life is a promise, fulfil it.

Life is sorrow, overcome it.

Life is a song, sing it.

Life is a struggle, accept it.

Life is tragedy, confront it.

Life is an adventure, dare it.

Life is luck, make it.

Life is too precious, do not destroy it.

Life is life, fight for it.

人生は、チャンス。掴みなさい。

人生は、美しさ。賛美しなさい。

人生は、喜び。味わいなさい。

人生は、夢。叶えなさい。

人生は、挑戦。受けて立ちなさい。

人生は、責任。まっとうしなさい。

人生は、ゲーム。楽しみなさい。

人生は、高価。大切にしなさい。

人生は、豊かさ。守りなさい。

人生は、愛。育みなさい。

人生は、神秘。追求しなさい。

人生は、約束。果たしなさい。

人生は、悲しみ。乗り越えなさい。

人生は、歌。奏でなさい。

人生は、苦闘。受け入れなさい。

人生は、悲劇。立ち向かいなさい。

人生は、冒険。挑みなさい。

人生は、幸運。手に入れなさい。

人生は、かけがえのないもの。壊してしまわないように。

人生は、人生。闘いなさい。

/マザー・テレサ

P.S M.Mさんが今よりラクになれますように・・・ いつでも応援しています!
20050629

充電

2005 年 6 月 28 日

以前に比べて、肩の高さは左右揃ってきたが、ここ数日、肩こりが凄まじい。
と同時に、気がつくと複数の人間から「肩が上がってるけど、緊張してる?」
と言われた事を思い出した。いずれも気功関連の人達だ。気になって未空
母に見てもらうと、「確かに上がってるわね。体のクセじゃない?」と言う。

そうなのか・・・ 今は極度のキンチョーを強いられるような状況ではないし、
たまりにたまっていた作業も全て片付けた。いつもならストレスの塊である
ネズミってる部屋も、大クリアリング後は見事にキレイにしており、ほとんど
パーフェクト状態に近い。コレはマジで奇跡だと思う(笑)。

それでは、何ゆえのストレス? 暑さにやられたかな。高温多湿の環境は、
私を即半病人にさせる。まずは、東京を離れたいと思った。いつも守られ
てる私は、最近、海の近くに住んでいる友人ができ、“自然しかない街”を
案内すると言ってくれたのを思い出した。仕事関係で知り合った彼女だが、
これまた不思議な出会いでシンクロも多く、お互いご縁を感じている。

すると、馬油を送ってくれた友人から、“馬油が未空さんに合っていて
良かったです(o^-‘)b元は土産物屋で扱っている商品だったと思うのですが、
電子治療センターの隣のフードセンターで見つけました。ホント「道草」は
するものですね└∵|┐♪┌|∵|┘馬油を買ってバッグに入れ、そのまま
電子治療にかかりました。それで、馬油の波動が普通より高まっていた
かもしれません。いつも「東京にいる妹の未空に、送ってあげるといい物
はないかしら」と思ってますから、それが通じたのかもしれませんね(^o^)/”

というMailが届いた。そんな風に思ってくれてる友人がいるんだと思ったら、
何だかフッと肩の力が抜けてラクになった。ただただ、有り難いと思う。

すると、大阪のKさんから大量の佐藤錦が届いた。早速、お礼の電話を
かけると、Kさんは夏風邪を引いていた。私はいつも頂くばかりで、何も
お返しできない事を心苦しく思う。そして、ひたすら有り難いと思う。

携帯の電源に充電が必要なように、人間にも充電が必要だ。時に、それ
はおいしいサクランボだったり(笑)、体に効く塗り薬だったり、優しいMail
であったりetc. 私が肩こりでツラい時は、そんな有り難い充電器の上に、
チョコンと乗っていようと思う。いつもどうもありがとう!
20050628
♪今日の佐藤錦 大阪のKさんとは、一度もお会いした事がないのだが、いつも私がパワーダウンしている時に、それを察するかの如く、絶妙なタイミングでおいしい果物を送ってくれる。いつもどうもありがとうございます! それにしても、甘い甘い。肩こりなんて何のその(笑)。Kさん、未空は元気ですぅ。

The past is dust

2005 年 6 月 27 日

宝物のように素敵な思い出や過去もあります。それは思い出すだけで幸せ
な気持ちになれるものです。けれど過去によっては、あまりこだわりすぎる
と「今」が制限されてしまう事もあるんですよね。

何かにチャレンジしたけれど、失敗してしまった。だからもう、それはやり
たくない。あの人にイヤな事を言われた。だからもう近づかないでおこう。

そういう事は、誰にでもあります。でも、今の私は過去の私ではないので、
過去と同じ事は繰り返さないかもしれない。また、イヤな事を言った相手は、
たまたま機嫌が悪かっただけかもしれない。

だから、過去にとらわれなければ、今度はうまくいったり、いい関係を結べ
たりする事もあるのです。でも、「過去」にとらわれると、その可能性がゼロ
になってしまうんですよね。

「The past is dust(過去は塵〈ちり〉)」とアメリカ在住のインド人の思想家・
音楽家のシュリ・チンモイさんが言っていました。過去は塵やほこりみたい
なものなんだから、こだわるな、という事です。

起こる事は全て、失敗も悲しい事も「自分が体験したいと思った必要な事」で、
それがあるからこそ今があるのだから、過去を悔やまなくてもいいんです。
納得して、「必要だった」と認めればいいんですよね。

それに必要じゃなかったら、必ず「阻止」されていたはずです。私達には
守護霊さんもツキの天使も付いていてくれるのですから(笑)。

過去の失敗を「学習」する事は、同じ失敗を繰り返さないため、「注意する
ための参考材料」にするのはいいのですが、それにとらわれすぎると、
自分がちっちゃくなってしまう事もあります。

ちなみに「dust」という単語の語源は、古英語の「dust(塵)」、原義は
「水蒸気」だそうです。過去を思い出して、いやーな気持ちになった時に
「The past is dust!」と唱えて、「えーい、過去なんて、水蒸気のよう
に蒸発させちゃえ~」とリセットしてみましょう。

そしてどんな事も、初めてやる事のように思えば、新鮮な気になりますし、
失敗も新たな気持ちでチャレンジし、自分を傷つけたり、自分が傷つけた
人とも新たな関係を築けられれば、「今」はもっと素晴らしくなります。

「自分に起こる事は全て、いい事も悪い事もHappyの種」そのハッピーの
種を、「今」大切に育てていけば・・・ ステキな花が咲くんですよね!

/恒吉 彩矢子
20050627

深く深く感化な話

2005 年 6 月 26 日

毎朝、同じコースを同じ時間に、自転車で散歩する管長さんは、道場に差し
かかる前、別な場所でやはり、毎朝会うおじいさんがいたらしい。そこで管長
さんは、毎朝「おはようございます」と丁寧に挨拶するのだが、おじいさんは
答えなかった。しかし次の日も、またその次の日も、管長さんは変わらず
に挨拶をする。それでも、相手は答えない。それが3年続いたらしい。

どれだけその事態が珍しい事か、考えてほしい。答えない相手に挨拶し
続ける事は、そう簡単にはできないはずだ。大抵は腹を立て、自分も
挨拶を止めてしまうか、教育的な言辞を吐いてしまうだろう。

例えば「あんた、挨拶ぐらいしたらどうなんだ?」とか。人によっては、
「人間とは?」などと、説教する人だっているだろう。しかし、管長さん
はまるで、昨日の事を覚えていないとでもいうように、相変わらぬ挨拶
をし続けた。

しかし、相手もさるものである。不機嫌であったり、悩んでいたり、何か
挨拶したくない事情があったとしても、それが3年続くというのは尋常で
ない。そうして、3年後のある朝、そのおじいさんは管長さんの挨拶に
立ち止まり、近づいて来て号泣したのだった。

その時、おじーちゃんの中で、どんな変化が起こったのか? それは誰に
もわからない。変化というよりは、事件といって良い事なのかもしれない。

そこで起こった事に関して、私達にわかるのは、3年間挨拶し続けたり、
それを無視し続けた時間があって、初めてそんな深い感化があったの
だろうという事だ。それ以後のおじいさんは、人が変わったように
明るくなったらしい。

よく学校などで「挨拶しましょう」と教える場面を目にするが、そんな事を
指導するくらいなら、黙って挨拶し続けたらどうかと思う。深く深く感化
するためには、指導に走ってはいけないのだと思う。

ってゆー話を読んで、知らぬ間に指導に走ってる自分に気がついた次第・・・

どーでもいーけど今日は、右から読んでも左から読んでも626なんだね(笑)
20050626
♪お初の神社 前から気になってて、とーとーお参りできた。それにしても、階段がかなり急なんだよね。怖っ。

続・遠隔

2005 年 6 月 25 日

未空母は祖母譲りの高血圧のため、降下剤を飲んでいる。また眠りが浅い上に、
深夜ノドが乾いて、水を飲む事に苦痛を感じていた。私が祈りの瞑想の話を
すると、「是非やってほしい」と言う。

最近、気がついたのは、瞑想の際、私が何回か会ってる人は、顔より声の方が
思い出しやすい。顔が浮かぶのと同時に、声が聞こえる。声からくるイメージ
は想像以上に大きいのだ。

太極拳のS先生曰く、「瞑想中に唱える真言(マントラ)を始め、大事なのは音。
声も音でしょ。つまり波動なのよね。全ては波動でできてるんだから」。そっか。
それなら家族は毎日、声を聞いてる訳だし、物理的にもそばにいるので、結果
が出やすいのかなと思った。

だが、ヴェーダの世界では、「気にすべきは行動そのものであって、行動の結果
ではない。成すべき事を成した後は、その行為は神に預け、自らは結果を思い
煩うべきでない」とされる。未空母には、「私に一切の気兼ねをせず、結果は
全て正直に伝えてほしい。また、どんな小さな変化でも教えて」と頼んだ。

今、私の周りに体を病んで、苦しい思いをしている人がいる。一番辛いのは患者
本人だが、それを支える家族も心身共に疲労困憊し、共倒れになりかねない。
私にできるのは、祈る事しかないだろう。それぞれに合った文言を頭の中で唱え、
その人の笑顔を思い浮かべながら瞑想する。時間の観念がなくなるので、気が
つけば20分ぐらいしか経っていない時もあれば、1時間の時もある。

未空母がうれしそうに、且つ不思議そうな顔で、「気がついたら、水を飲まなか
ったのよ!」と言ったのは2日間。3日目はダメだった。そんな中、「2回目の動注
が決まりました。1回目で腫瘍が24%も小さくなっており、皆様のおかげと感謝
しています」というMailを頂いた。化学療法、すなわち抗癌剤の投与は通常、
全身療法に分類される。しかし、抗癌剤を癌が存在する部位に限って投与する
「動注化学療法」は、局所療法という事になる。

何度も言うが、もちろん私のつたない迷走で、未空母が水を飲まずに済んだり、
この方の腫瘍が小さくなった訳では、間違ってもない。人間は365日、体調は
違うし、投与された薬との相性や食事、精神状態、気候etc. 様々な要因が
考えられる。そんなコトは百も承知だ。

だが、ご縁のある人達が今よりラクになり、少しでも良い方に向かうのであれば、
それだけでうれしい。私のDharma(ダルマ:サンスクリット語で「本分、意義」)
のヒントが空庵に、未空に、瞑想に、ヴェーダにある。意識の深まりの度合いに
よって、瞑想も進化してくるのは必然だ。

ちなみに未空母は、水を飲まない夜の方が多くなった。とにかく続けてみよう。
20050625

遠隔

2005 年 6 月 24 日

友人が「名(迷)物を送ります」と言っていたのは、このコトだったのか(笑)。
分厚い封筒の中から出てきたのは「馬油」だった。それにしても、どうして
私にコレが必要だってわかったんだろ?

実は最近、手の平に原因不明の水疱ができて痒いのなんの。まさに陣内
の「カユミ~、泊めてくれ~」の世界(笑)。皮膚科に行ったって、どーせ
ステロイド剤を出されるだけだと思って、しばらく放っておいた。その間
にも色んな物を塗ってみたのだが、ずぇんずぇんダメ(泣)。

痒いといっても、毎日痒いワケではない。ある時、突然気が狂ったかのように
痒くなるから、始末が悪い。特にお風呂ね。ふやけてくるから、手の皮がボリ
ボリ剥けるんだよ。ついついリキ入ってこすると、お風呂上りに化粧水を使っ
た時が悲劇。もうヒリヒリ地獄なんだもん(泣)。

しばらく根性で耐え、ずいぶん良くはなったものの、完治には至らなかった。
そろそろ皮膚科に行かなきゃダメかなぁと思っていた矢先、友人からこの
「馬油」が届いたのだ。おぉ、コレこそ神のお恵みだぁ。

彼女は以前、電子治療の特設コーナーで、「血管美人」という左手薬指
にマイクロスコープのような物を当てる、血管内レントゲンのような機械を
使って、自分の血管を見せてもらったそうな。そして、ぬわ~んと血管
美人度90点だった!

Congratulations! 血が薄いという事以外は、よじれのないきれいな
血管だそうで、「未空さんが瞑想で、私の事も祈ってくれたおかげです」
というMailをくれた。

もちろん、私のつたない迷走で、彼女の血管がキレイになったワケでは
間違ってもない。そんなコトは百も承知だ。だが、血管美人度90点の内
のたった1点、いや0.5点でも私の祈りが届いてくれれば、と思う。

何よりそんな風に思ってくれる友人の優しい気遣いがとってもうれしかった。
そんな彼女が送ってくれた「馬油」を塗ってみた。すると、カユミも治ま
ってきて、だんだん傷も小さくなってきたのだ(号泣)。本当に助かった。

どうもありがとうございます! 馬油の効果はもちろんだが、やはり彼女
の想いが傷を癒してくれたんだと信じている・・・
20050624

コトオリ

2005 年 6 月 23 日

以前、セミナーの帰り、夜道で突然「あなどるな、とらわれるな」という言霊
が下りてきた。一瞬、えっ? 何?って訳がわからなくて・・・ でも、アレは
どう考えても、心に湧いたというより、天から降って来たとしか思えなかった。

その後、「とらわれるな」は覚えていたのだが、最初の言葉が思い出せない(泣)。
その場に立ち止まって、う~むう~むと頭を抱えていたら、「あなどるな」と
また降りてきた。もう慌ててシステム手帳にメモった。

言霊が降りて来たので、略して「コトオリ」と勝手に命名させて頂いた(笑)。
そして数日後、また「コトオリ」があって・・・ その時は降りてきたという
より、矢のようなものでビューンと飛んで来て、頭に突き刺さった感じ。

そして、「識、死期」という墨で書かれた文字が見えた。

「識」とは、意識のこと。同じ発音の「死期」「四季」「色」が浮かんで
きて、PCで変換すると、「始期」「指揮」「志気」「式」「私記」「若き」etc.
色々出てくるのだが、全てつながっているように感じた。

こんな事を考えたのは、太極拳のS先生から借りた「生きる極意(野中
日文著:潮文社刊)」の影響で、その中に「万人に等しく備わっている
思いの働きであって、それはあたかも上に向けていた手の平を下向き
に変えるような、何らのエネルギーの消費もいらぬ、一瞬間の意識の
転回をもって可能となるのである」という部分にピンときたからだった。

これは絶版本なので、コンビニでコピーをした後、先生に返したら、「絶対
そうすると思ってたわよ」と笑っていた。全てお見通しなのだ。

古い意「識」が「死期」を迎え、新たな「四季」が始まり出した。自ら「指揮」
していかなければならないが、ココロは入学式のような「志気」に満ち、こう
やって「私記」を書いている(笑)。

まるでコトバの一人遊びだが、コトオリ様の言う通り。なーのーなーのーな、
たーまーてーばーこ(笑)
20050623

コツン

2005 年 6 月 22 日

「もっとワクワクした人生を送りたいな」「もっと楽しいことを経験したいな」
そういう時、一番効果があるのは「他者に働きかける事」。私はそう思っ
ています。

人生はビリヤードのようなものだ、と想像して下さい。自分がキューで
突かれる玉だとします。自分が他の玉に当たります。すると、当たった
玉は色々な動きをして、他の玉をたくさん動かしたり、遠くに行ったり、
穴にスポンと落ちたりします。

自分の玉は、最初の1つに当たっただけで、止まっているかもしれません。
けれど、自分が動いて、誰かに働きかけた事によって、自分が触れられ
ないどこかで、世界を動かしているんですね。自分の玉も、最初の玉に
当たるだけでなく、色々な動きをする事もあります。

自分が当たれば当たるほど、知らないところで世界が動くのです。そして、
自分1人が行動したり、考えたりしただけでは、想像もつかなかったような
ワクワクする事や素晴らしい事を起こしたりするのです。全て・・・自分の
最初の「コツン」から起こった事なんですよね。

人が「人間」というのは、人の間にあってこそ、色々な体験をできるから
なのでしょう。時にダルーくて、やる気なーくて、1人で悶々としたく
なる時もあります。それもきっと自分が体験したい事なので、味わえば
いいのですが、それを打破したい!と思ったら、「誰かにコツンとする」
事をお勧めします。

そうすると、ビリヤードのように世界が動き始めるのです。その時「いい
コトをコツン」とすれば、「やった事が還ってくる」ともいいますから、
いいコトが巡り巡って、想像もつかなかったような形で還ってくるのです。

ビリヤードの玉のように、コツン、コツンと人に働きかけてみましょう。
人は、人の間でこそ生き生きする「人間」であり、動く事によってこそ、
自分を発揮できる「動物」なのです。人生はビリヤード。今日もいい
コトを誰かに「コツン」としてみて下さい!

/恒吉 彩矢子
20050622

TONGLEN

2005 年 6 月 21 日

えっ、TONGLEN? 初めて聞いた名前だった。オーストラリアの生理学者ペティグリ
ュー(←キャットフードにこんな名前がなかったっけ(笑))が、その体験を驚きで語る。

麻酔のように痛みを感じなくさせる「トンレン」とは、チベット仏教徒が麻酔の発見
より、800年も前に開発した瞑想法だそうな。火傷のような他者の痛みを思い描いて、
その苦痛を引き取る事で、自分自身の痛みが消える、らしい。この技法の達人は、
負のエネルギーを世界から受け取り、正のエネルギーに置き換える。

ペティグリューは、西洋科学に東洋の内観法という瞑想の技術を取り入れれば、脳の
働きへの理解が深められ、悩み苦しむ人々を実際に救う事ができると考えた。特に、
神経科学の研究が本格化して50年が経つのに、精神病の苦痛の緩和に役立つ技法
は50年前のままだった。

2020年には、癌でも心臓病でもなく、人間が抱える最も厄介な病は「鬱病」といわ
れているそうな。とてもわかる気がする。というのも今日、身近に若い鬱病の患者
さんを抱え、とても苦しみ悩んでおられたクライアントの方にお会いしたばかり
だったからだ。

瞑想は「精神病の苦痛の緩和に役立つ技法」として、その有効率は高いんだろうか?
個人的にはYesだが、もちろんその人によるだろう。麻酔の発見より、800年も前に
開発した瞑想法「TONGLEN」とは、一体どんなものなのか? とても興味が出てきた。

とはいえ、私には火傷のような他者の痛みを思い描いて、苦痛を引き取るだけの
覚悟も勇気も度量も、正直ないなぁ。だって、自分の事で精一杯なんだもん。って
チベット仏教徒の方々、ホント根性なくてスミマセン。残念っ!

「祈りとは神と語らう心の作用」と聞いた時、これはわかる気がする。「瞑想は
自分が神であると気づく心の作用」これも純粋意識に繋がるという事を考えれば、
十分納得できる。だが「瞑想は最高の祈り」というのは、信心深くない私には
あまりに宗教的すぎて、いまいちピンとこなかった。

が、しかし、アノ6.6事件(←通称、未空のロクロク事件(笑)。詳しくは6/18の
未空風呂「Confliction②」を読んでね)を体験して以来、瞑想には実に様々な
可能性が秘められているのでは?と真剣に考えるようになった。今となっては、
私の「究極のサバイバル・ツール」であり、毒性及び副作用、後遺症ゼロの
「ナチュラル・ドラッグ」でもある(笑)。

そしてもし、最高の祈りが深い瞑想だとすれば、それは遠隔ヒーリングにもなる
のではないか? 私はヒーラーではないが、本来人間には「セルフ・ヒーリング」
能力が備わってると信じてる。その能力に気づくか気づかないか、信じるか信じ
ないか、使ってみるか放っておくか、どちらを選んでもO.Kだし、正誤はない。

ちなみに私は、全て前者を選択してみた。たった今、ここで奇跡を起こして
ほしいと思う人がいる。ただただ助けてほしい、と。そこから毎晩の瞑想の際、
私独自の新しい試みが始まった・・・
20050621

続・無所有

2005 年 6 月 20 日

モーゲン族の無所有は、日本の「幸福会ヤマギシ会」と共通してるんだろうか?
私は10年以上も前、三重県にある豊里実顕地まで泊まりがけで行き、「特講」と
呼ばれるセミナーを受けた事がある。ヤマギシズムの大まかな考え方はわかった。

もちろん良い点や勉強になるところも多々あった。だが、私とは根本的に違う、
という事もハッキリした。それだけの事だ。今から思えば、かーなーりー貴重な
体験で、セミナー代や新幹線代を払って下さった方に、心から感謝している。

セミナーの最後に、「研鑚」という新聞の購読を勧められるのだが、もちろん
タダではない。「任意ですから」という事だったのでアッサリ断ったが、それ
をしたのは大勢の受講者の中でも私だけだった(笑)。その時のリーダーの
不満げな顔と態度が忘れられない。だって、いらないモノはいらないんだもん。

決して購読料の問題ではない(←でもなぜかその後、新聞が送られてきて
ナゾだったんだけどね。ずっとタダ読みしてました(笑))。

ヤマギシ会の活動目的は、「人が皆、本当に幸福になれる社会作り」だそうで、
その実践活動は全国津々浦々、会員が居住している地域においての幸福
社会作りと、会員有志によるヤマギシズム社会の実践モデル体として、
ヤマギシズム社会実顕地(通称「ヤマギシの村」)作りがある。

その行動原理とする「ヤマギシズム」は、無所有・共用・共活(あたかも太陽
や空気が誰の所有物でもなく、誰もそれらを所有しているとは考えていない。
生きとし生ける物全てが、その恵みを共に用い、共に活かしている状態)の
生き方によって、全人(自己を含む現在、及び将来の全人類)幸福の「真実
社会」を実現する事ができるとするもの、とか。

ヤマギシ会は特定の個人、あるいは集団が指導・統制している組織ではなく、
会員それぞれの自発的自由意志により活動している団体、だそうな。1953年
(昭和28年)、故・山岸巳代蔵氏の提唱する理念の社会活動実践母体「山岸
会」として発足し、1995年(平成7年)に名称を「幸福会ヤマギシ会」と変更し、
現在に至っている。そーいえばココには、「ありがとう」という概念が存在
しなかったような。

フツーの人が実顕地に参画(=永住)する際には、全財産をヤマギシ会に
寄付しなければならず、脱会する場合には財産を返還されないというオキテ
がある。ってコトは、ヤマギシズムの提唱する「無所有」とはどういう意味
を持つのだろう?

これに不満を持った元村人が、会を相手どって裁判を起こし、勝訴した事で
も有名になった。この元村人は、こっちの世界でも生きられず、かといって
ヤマギシズム社会にもなじめなかった。これからどこに行くのだろう、と
他人事ながらふと考えてしまった。

この事件は、かなり日テレが特集していたような。最近はおとなしいよね。
典型的な農業集団ヤマギシ会と海洋民族のモーゲン族、その「無所有」
の概念の違いは大きすぎる、と思う。彼らは、やはり別物だ。
20050620

無所有

2005 年 6 月 19 日

私がモーゲン族を呼んでいるのか、モーゲン族に私が呼ばれているのか(笑)。
やはりこの方もモーゲン族に感動しているらしく、またもやMailを下さった。

“研究者とCBSの記者が浜にある小舟の上で話している所へ、1人のモー
ゲン族の男性が来ました。記者が彼を背にしている研究者に教えますと、
研究者はその男性に語りかけました。そして、研究者はまた話し始め、
男性はまだ後ろに立っています。CBSの記者は当然、研究者に聞きます。

研究者が言うには、「彼はこの舟の持ち主で、津波で壊れた部分を修理
しに来たと言っています」との事でした。そういえば男性は、手に工具
らしき物を持っていました。

記者の方は舟から降りようとしたらしいのですが、研究者が「いいん
です。彼は修理しようとして、ここへ来ただけですから」と言いました。

モーゲン族の男性は、舟を修理に来たのであって、その舟の上で
話している人を退かしに来たのではないんですね。

それに「欲」「貯める」「所有」「心配」等々のない彼らは、その舟が
「自分の物」ではなく、「今日1匹の魚を釣るための物」なのでしょう。
話が10時間に及ぶかもしれないのに、後ろに立っています。でも、
待っているのではなく、ただ立っているだけなんですね(笑)。

モーゲン族の男性と研究者と記者の立場がおっかしくて、深夜1人
で「最高!イイなイイな」と感動してしまいました。画面の解釈には、
かなり私の主観も入っているかもしれませんが、1つだけ言える事は、
一番神様に近いのは間違いなくモーゲン族の人達という事ですね。

貯金をし、減る事にキリキリし、通帳のゼロの多さが幸せと比例
していると思う「文明人」が、スタコラサッサと逃げていくほど
の極意です。いいえ、モーゲン族にとっては、極意でもなく
「普通」の事なのでは?

毒され切った自分も見えて有り難かったです。フグを捕った時も
何も見えないのに、モリを投げると刺さっていて・・・

与えられた糧を分かち合うので、「めいっぱい」という単位もない
のでしょうね。恥ずかしい~。この時期に頂いた贈り物でした。
私も再放送を問い合わせてみます”とおっしゃって下さった。

ご協力どうもありがとうございます! 淡々と生きるモーゲン族に
見習う事が多いなぁ。この「淡々と」というのが、どれほどムズカ
シイか。どれほど奥深い意味を持つか。まさに、言うは易し行う
は難しだ。この偉大なる民族にココロからの敬意を表したい。
20050619

続・Confliction

2005 年 6 月 18 日

寝る前の瞑想を欠かさず、パニック障害とは無縁な日々を送っていた。だって、
卒業したんだもん。本気でそう思っていた。安心もしていた。事件が起きたのは
6/6(月)の午後、都内の某所。今までにはない超最悪な状況下で、ついにパニ
ック障害が起きてしまった。誰より自分がショックで、何も考えられない(号泣)。

最初は先方の許可を得て、近所を散歩する事で気を紛らわせた。そこでもう大丈夫
と考えていたが、思った以上に事態は深刻だったのだ。狭い狭い部屋の中で、気分
がだんだんおかしくなってくる。本当にどうしよう。思わず泣きそうになった。

すぐ未空母に連絡し、「未空父が倒れた」でも何でもいいから、家族の非常事態と
いうでっちあげ電話をかけてもらおう、と本気で考えたりもした。も、もうダメだ。

これ以上は耐え切れない。今にも外に飛び出して、街中をかけ回りたい衝動にから
れたが、もしそれをやったら、今まで築き上げた信頼関係が一気に崩れてしまう。

仕事的にも終わりだ。それだけは絶対に避けねば! 1分が10分ぐらいに感じ、
体がソワソワし落ち着きもないのだが、周りには一切気づかれない。私の発作は
ピークに達したが、誰にも助けてもらえず、非常時の薬も持ち合わせていない。

もう絶体絶命だった。そこでふと時間が空き、狭い狭い部屋の中で1人になった。
そうだ、瞑想しよう。もう藁にもすがる思いで、それしか思い浮かばなかった。

すぐに目を閉じて、真剣にマントラを唱え始め、天空の神々に「お願い、私を
助けて!」と心から祈った。それはそれは必死で、且つ今までで一番真剣な
瞑想だった。かなり大げさに聞えるかもしれないが、その時、私の命がかかっ
ていたと言っても、決して過言ではない。

今、私にできる事はマントラを唱え続けるだけだ。と同時に「大丈夫大丈夫。
必ず何とかなるから顔晴って!」と自分を励ます。すると、結果が徐々に出始
めてきた。どこかと繋がっているという安心感が、足元から伝わってくる。

だんだん気持ちが落ち着いてきて、見えない膜のようなものが体全体を包み
込む。ここまでくれば大丈夫だ。その瞬間「助かった。救われた」と思った。

もう涙が出るほどうれしかった。やったー! 私は危機的状況を瞑想で乗り
越えたんだ(号泣)。神々に「どうもありがとうございます」と心から感謝
した。その後は、至って冷静で、最後までそこにいられる事ができた。だが、
2度とここには来ないと誓った。

それにしても貴重な体験をしたなぁ。6/6は悪魔の日ではなく(笑)、私に
とっては記念すべき、最高の瞑想成功体験日だ! そうして帰り道、再度、
天空の神々に心からの感謝の笑みを送った。すると、彼らも「本当に良かっ
たね。よく顔晴った。おめでとう!」と微笑みかけてくれたような気がした・・・
20050618

Confliction

2005 年 6 月 17 日

私は前々から、自己の基盤があまりに脆弱で悩み苦しんでいた。閉所恐怖症
(だと思っていたが、実はパニック障害だった。というか誘発するんだよね(泣))
になる度、どうしてこんな風になってしまうんだろう、何が、どこが悪いんだ
ろうとあれこれ考えをめぐらし、一気に落ち込んでくる。

パニック障害になる回数は少ないものの、こういう事に生涯、無縁な人もいるか
と思えば、心底、自分が自分で情けなかった。だが、薬にだけは頼らないように
しようと心に決めていたので、他に手の打ちようがない我が身を呪っていた。

そして、昨年の10月から4ヶ月間は地獄で、仕事、経済etc.全てが空回り状態。
どこにも糸口が見出せず、本当に辛かった。どんなに新月にお願いしても叶わず
(←もちろん全部じゃないよ)。こんなに一生懸命、自分なりに努力している
のに、どうしてうまくいかないんだろう、と親しい友人相手にさんざん愚痴っ
ていた。そんな中、不安定は不安定を呼び、まさに泣きっ面に蜂。

突然、回路が開いたという新生・霊能者から、言いたい放題言われ、自信喪失
と共に怒り炸裂! それはそれはストレスフルな毎日だったが、そのおかげで
瞑想に辿り着けたのだ。全てがうまくいってたら、瞑想は今でもやってなかった
と思う。自分の人生に起きる事に何一つムダはなく、必要だったからこそ体験
したんだと確信した。今では全ての人々、出来事に心から感謝している。

思えば瞑想も不思議なご縁だった。半年間通うはずだったセミナーの初日が、
仕事の都合で行けなかった。2回目の授業は教室が蛻(←もぬけって読むん
だね。知らなかった(笑))の殻。狐につままれた気分で図書館で時間を潰し
た後、このまま帰るのも何だしなぁと思って、ほとんど惰性に近い感じでレク
チャーに行く。でも、その前からやたらとアーユルヴェーダづいてはいた(笑)。

青山先生からは、サイババの話でも聞ければイイかってなレベルで、会場に
入ったのは開演1分前。彼がアーユルヴェーダの研究者であった事も、瞑想
のセミナーをやっていた事も全く知らず。

ただ「外界の何かに依存する幸福は、真の幸福ではない。人間は内面的な
深い幸せ、喜び、平穏を求めている。純粋意識(実在・英知・至福)と繋がる
ため、個人の真言(マントラ)をお教えし、瞑想のセミナーを行っています」
と言われた時に「これだぁ! 私が求めていたものはこれだったんだ!
ようやく巡り会えたんだぁ」と心底思えたBirthdayイブの1月20日。
即申し込んで一番乗り(←だと思う(笑))。

レクチャーが終わった後、サインもしてくれるというので著書を買った。
その時「今日、本当はここに来るはずではなかったんです」と言うと、
青山先生も「僕もそうだったんですよ。これもご縁ですね」と言われた。
そして、この瞑想こそが私の人生を激変させた! あれから3ヶ月・・・
20050617
♪今日の超お得 ぶら下がった白い作業着が、ちょっくら不気味じゃないですか(笑)。この後、たまたま大黒屋の前を通ったら、映画「バタフライ・エフェクト」の劇場株主優待券が売られていた。それも今日まで! おかげで980円で見れたよ~んだ。

モーゲン族その後

2005 年 6 月 16 日

あまりにタイのモーゲン族(←6/11の未空風呂を見てね)に感動した私は、太極拳
のS先生にもすぐMailを送った。S先生もこの民族に関しては全く知らず、メチャメチャ
感動してくれた。そして、彼らに会ってみたいよねという話になった。モーゲン族
を放映したのはTBSの「CBSドキュメント」で、好評の場合には再放送があるらしい。

是非やってほしいと思う。もっと詳しく知りたいと思ったので、アマゾンで本が出て
ないか探したが、該当せず。あきらめきれない私は、ネットで「モーゲン族」を検索
してみた。たった1件の記事だけヒットした。

それによると、彼らは海洋民族で、タイに住んでいるが、話す言語も文化も異なる
らしい。タイにいるが、純粋なタイ人ではないのだ。津波で家屋に被害が出ても、
政府から援助が出ないとか。な~るほどね。だとすれば、ミャンマーのモーゲン
族と大元は一緒なんだろうか?

モーゲン族の長老は、「波がすごい勢いで引いたから、強い波が来ると思って、
皆で高い場所に逃げた」との事。彼らの住んでる島は、3方向から津波に襲われ、
ダイブショップや村人の家50軒、全てが破壊されたが、死者は1人も出なかった。

生きる上で欠かせない情報は、民族全体で共有しているが、それ以外は必要ない
のかもしれない。モーゲン族には時間の概念がないので、自分の年齢を知らない
という。挨拶の言葉もないらしい。

農耕民族は手間隙かけて育ててきた米や麦等の収穫物を、良くも悪くも貯め込む
習慣がある。それに比べ、海洋民族は狩猟民族に属するので、その日に必要な
食べ物を獲っては食し、食べては獲りという生活形態になる。主食がナマ物なら、
貯め込むにも限界があるだろう。

モーゲン族に欲、特に所有欲の概念がないというのは、そういうライフスタイル
が影響していると思う。農耕民族は概して、貯め込む事で安心な反面、それが
心理的に思い煩い、心配するという事にも繋がってくるのではないか。

モーゲン族は禅を知らなくても、難しい哲学書を読まなくても、「瞬間、瞬間に
生きる」という概念がDNAレベルに組み込まれている、と思う。彼らにとっては
それが当たり前であり、それ以外を知らない。そして、代々実践しながら生き
ている。何てシアワセなんだろう。

私は間違いなく農耕民族のニッポン人だ。過去はすでに終わった事だし、未来
はまだきていない。私が生きれる場所はここ、現在しかない。それはアタマで
は十分に理解できるが、「瞬間に生きる」という事を強く意識していないと、
すぐに思い煩い、心配オバケにとり憑かれてしまう。何かある度「瞬間、瞬間」
と呪文を唱える私は、半ば「妄言族」になりつつある(笑)
20050616

一つ光る

2005 年 6 月 15 日

台所を片づけるのがとても苦手な人がいました。食事の後に食器を洗うのが
とても苦痛。部屋の隅には綿埃がたまり、ガスレンジに油が溜まり、冷蔵庫
の中にも色んな物が。そんな台所の姿は、その人の文化そのもののようにも
感じられました。とてもその性格は生涯、直るものではなさそうに見えました。

せめて年末の大掃除くらいはと、頑張ってピカピカにしてみるのですが、
正月休みが終る頃には元の木阿弥。そんな年が毎年続いていました。

台所全体をきれいに管理するなんて、とても無理と諦めたその人は、せめて
食器だけはと、一点集中できれいにする事に決めました。これだけは譲らな
いでやっていこうという最後の決意でした。古いお皿の一枚一枚に愛情を
こめて。お皿の隅々まで、裏も表もキュッキュッと音がするくらい。モノ
がきれいになるのは気持ちのいいものです。新しい習慣には大きな労力も
必要なく、不思議と毎日続きました。立派な成功体験でした。

ある日、そのお皿を入れる食器籠の汚れに気がつきました。せっかくきれい
にしているお皿の籠が汚れているのは許せないと感じたその人は、食器を
洗ったついでに、籠を洗うことにしました。綺麗な籠に入っている食器達
がうれしそうに見えました。

きれいになった食器籠や食器を洗っているシンクも綺麗にしてあげよう
と思いました。そうやって、少しずつ少しずつきれいな所が増えていき
ました。ガスレンジも換気扇も。初めて食器洗いを決意してから、3ヶ月
も経っていました。気がつけば、いつも作業をしているキッチンがピカ
ピカになっています。

その人にとっては大成果でした。ガスレンジはいつも磨く事はできない
けれど、食器だけは、それだけは毎日綺麗にしようと・・・ その習慣
だけは譲らないでいようと・・・ そんな思いがもたらした成果でした。

半年も過ぎた頃、いつもの食器洗いが終わって振り返った時、今まで
気づいていなかった台所のその他のほとんどが、汚れている事に気づ
きました。こんなに汚れていたなんて。半分きれいで半分汚れた台所。

その際だったコントラストが、その人を一気に突き動かしました。
台所は、その夜のうちにピカピカ。半年かけてきれいになった台所
が元に戻る事は、もうありませんでした。相変わらず、食器だけは
きれいに洗おうと、それだけは守っているその人でした。

文化や風土や性格は、なかなか直るものではありません。ただ小さな
習慣を身につける事は、できるかもしれません。小さな成功体験も
悪いものではありません。文化は習慣の総和。ちょっとした事で人生
を変えてみたいものです。

/山本 正樹(経営コンサルタント・株式会社理想経営 代表取締役)
20050615

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