未空母がTVを見ながら、「なんて穏やかで、優しい顔をしてる人なのかしら」と言った
のが、夜回り先生こと水谷修さんだった。確かに前にも増して、その表情は慈愛に
満ちているように思えた。私には瞬間、「聖父」という言葉が浮かんだ。
聖母はマドンナと訳され、世界中で有名だが、聖父という言葉はあまり耳慣れない
気がする。いつも利用するエキサイト翻訳で、聖父と入力したら、「Satiti」と出てきた。
響きからして、ラテン語? Holy Fatherにはならないのだろう。
手元にある講談社カラーパックス英和辞典にも「聖父」はなく、電子辞書にも
見当たらない。ネットで検索すると、「聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊とのみ名
によりて」といった形で登場する。つまり聖父とは、「神」そのものを指すらしい。
聖母子像は色々な場所で見るが、聖父子像というのはあまり見かけないような。
それとも私が知らないだけなのか。すると、こんな写真↓を見つけた。
http://mika.hamster-web.com/photo/turuoka/turuoka05.html
鶴岡カトリック教会天主堂には、日本で唯一の黒いマリア像があるとか。
私がいう聖父のイメージは、まさに聖母の男性版だ。だが、仏系ではないんだ
よね(笑)。ある科学者が言っていたのだが、母性本能は本能ではなく、後天
的に培われるものだとか。つまり女性だからといって、最初から持ってるもの
ではないのだ。
水谷先生の顔を見ていたら、多くの子供達が慕う気持ちがわかる気がした。もち
ろん夜回り先生は、決して甘やかすだけの存在ではない。だが、ただただそば
にいてほしいのだ。まさに、歩く精神安定剤(笑)。
先日、友人が「小さな子供なら、すんなり受け入れてもらえるけど、大人だって、
ただだっこしていてほしい時ってあるよね。きっと私が女だからなんだろうけど」
「いや、そんな事ないでしょ。男も女も同じ人間だもん。そういう願望って誰に
でもあるんじゃないかな。ただ、それを口に出すか出さないかの差で」
「そっか。きっとそうだよね。私はファザコンじゃないけど、未空さんのいう
聖父ってわかる気がするよ。彼氏や夫でも、そういう役割はできるのかな。
肉体や感情を超えたある意味、スピリチュアルな関係。ソウルメイトって
そんな感じなんでしょ。私は出会ってないけど。でもさぁ、一歩間違えると、
こういう話って世間では“枯れた”って言われるんじゃないの(笑)?」
「いや、枯れるには早すぎるでしょ(笑)」
水谷先生は重い病気を抱え、それが癌とも聞いた。彼が亡くなった時、子供達
の後追い自殺を何より心配し、そのための遺書をすでに用意してあるそうだ。
その人の声を聞いただけで、気持ちが落ち着く時がある。安心感が広がって、
心が穏やかになれる事がある。その人と同時代を生き、同じ空の下で生きて
いられる、ただそれだけで幸せと感じられる瞬間がある。
こういう存在は全て聖父、神の化身なのかもしれない。