台所を片づけるのがとても苦手な人がいました。食事の後に食器を洗うのが
とても苦痛。部屋の隅には綿埃がたまり、ガスレンジに油が溜まり、冷蔵庫
の中にも色んな物が。そんな台所の姿は、その人の文化そのもののようにも
感じられました。とてもその性格は生涯、直るものではなさそうに見えました。
せめて年末の大掃除くらいはと、頑張ってピカピカにしてみるのですが、
正月休みが終る頃には元の木阿弥。そんな年が毎年続いていました。
台所全体をきれいに管理するなんて、とても無理と諦めたその人は、せめて
食器だけはと、一点集中できれいにする事に決めました。これだけは譲らな
いでやっていこうという最後の決意でした。古いお皿の一枚一枚に愛情を
こめて。お皿の隅々まで、裏も表もキュッキュッと音がするくらい。モノ
がきれいになるのは気持ちのいいものです。新しい習慣には大きな労力も
必要なく、不思議と毎日続きました。立派な成功体験でした。
ある日、そのお皿を入れる食器籠の汚れに気がつきました。せっかくきれい
にしているお皿の籠が汚れているのは許せないと感じたその人は、食器を
洗ったついでに、籠を洗うことにしました。綺麗な籠に入っている食器達
がうれしそうに見えました。
きれいになった食器籠や食器を洗っているシンクも綺麗にしてあげよう
と思いました。そうやって、少しずつ少しずつきれいな所が増えていき
ました。ガスレンジも換気扇も。初めて食器洗いを決意してから、3ヶ月
も経っていました。気がつけば、いつも作業をしているキッチンがピカ
ピカになっています。
その人にとっては大成果でした。ガスレンジはいつも磨く事はできない
けれど、食器だけは、それだけは毎日綺麗にしようと・・・ その習慣
だけは譲らないでいようと・・・ そんな思いがもたらした成果でした。
半年も過ぎた頃、いつもの食器洗いが終わって振り返った時、今まで
気づいていなかった台所のその他のほとんどが、汚れている事に気づ
きました。こんなに汚れていたなんて。半分きれいで半分汚れた台所。
その際だったコントラストが、その人を一気に突き動かしました。
台所は、その夜のうちにピカピカ。半年かけてきれいになった台所
が元に戻る事は、もうありませんでした。相変わらず、食器だけは
きれいに洗おうと、それだけは守っているその人でした。
文化や風土や性格は、なかなか直るものではありません。ただ小さな
習慣を身につける事は、できるかもしれません。小さな成功体験も
悪いものではありません。文化は習慣の総和。ちょっとした事で人生
を変えてみたいものです。
/山本 正樹(経営コンサルタント・株式会社理想経営 代表取締役)