2003 年 のアーカイブ

奇縁

2003 年 3 月 6 日

前々から3月になったら、美老庵・師匠に会う約束をしていた。久々に電話をすると、昨日は主張中で、

来月はイベントに出演との事。相変わらず売れっ子だ。どんなイベントなんですか?と聞くと、ある

バンドのドラマーのキャラがおもしろく、そんな彼と師匠がライブハウスでトークショーをやるんだ

そうな。プロデューサーは、前々から師匠が可愛がってる人らしく、彼を通して企画が実現した。

大勢の人達の前でしゃべるのが得意な師匠は、結婚式やピアノの発表会等の司会もやる。

「せっかく、俺にやってほしいってくる仕事なんだから、何でも引き受けるよ。おもしろそうじゃん。

自分の可能性は、常に開いておく。未空殿だって同じよ」と言われた。でも、私は大勢の人の前で

話すって、全然得意じゃないなぁ。マイクって何気に重いし、落ち着かないもん。歌手にはなれない(笑)。

「俺が可愛がってる奴は、ZとかSっていうバンドのプロデューサーなのよ。知ってる?」「いえ・・・
 
でも、Sってどっかで聞いた事あるなぁ。うーむうーむ」「Sはもう解散しちゃったけどね」「えーっ、

もしかしてSに、Mって人いません?」「うん、キーボードの奴だろ?」「そうそう。やっぱそうでしょ。

M.Kっていうんですよ。超ウルトラボンボンの(笑)」「そうそう、彼は超ボンボンよ」「やっぱ、そうだ!

Mって、私の高校の同級生だったんですよ」「えっ、ホント? マジでそうだったの」「はい、間違いない

です。まさか師匠から、彼の名前を聞くとは?! 信じらんない。奇遇ですね」「ホント摩訶不思議だよね」。

Sを解散した後、彼は何をやってるんだろ? ♪あ~あ~あ~やんなちゃった あ~あ~んあ~ん驚いた(笑)

♪今日の貢物 文右衛門そばの半額券:新装開店で、重ねそば(415円)を食べてみた。なかなかおいしかったっス♪

Confusion

2003 年 3 月 5 日

無事に“空庵だより”を書き上げ、後はUPするだけとなった。この作業は毎週、火曜の深夜に行われる。

2年半以上も書き続けていると、UPするにも手慣れた順序というものがあり、まぐまぐ→カプライト→

メルマ→パブジーン→メルマガ天国の順で、作業を繰り返していた。まぐまぐのUPが終わり、カプライト

の画面に移った時、いつものようにクリックすると、「画面が表示されました」と出ているにも関わらず、

真っ白だった。ンんっ? おかしいなぁ。もう一度チャレンジ。またもや結果は同じ。何度やっても、

白い画面は変わらない。今度は、私の頭の方が真っ白になった。ちょ、ちょっと待ってよ。まだ4誌も

UPが残ってるのに・・・ いよいよ画面が閉じられない! 困った時は、迷わずCtrl+Alt+Deleat(笑)。

お得意の強制終了だが、この時はさほど深刻には考えていなかった。ところが、今度は全くMailが

繋がらない(号泣)。これには、まさに迷えるPC小羊大パニック in midnight! もちろんNetや空庵も

アクセス不可能状態。目をうるうるさせながら、隣にある未空母のPCから、God of PCコトWeb Master

に緊急Mail「八五郎さん、八五郎さん、助けて下さい」を送る。とにかく、どうしてこういう状態に陥った

サッパリわからない。先週末、デフラグをやったばっかりなのに(泣)。気がつけばAM4:00近く・・・

まずは、寝なければと思いつつ、あまりのショックに寝つけず。睡眠時間2時間弱。こんなコトしてると、

またストナのお世話になっちゃうよぉ。PM2:30、八五郎さんから「メルマガUPしておきました」という

電話をもらい、まずは一件落着。ホッ。でも、とにかくmy初号機が心配だ。あのまんま、Mailが繋が

らなくなったらどうしよう(号泣)? カラダは意外に元気なものの、ココロは太極拳に行く余裕もなく、

速攻未空家に戻る。とにかくMailの動作確認をしてみたい。恐る恐る接続・・・ ドキドキドキドキ・・・

やったー、O.Kだぁぁぁ~! 繋がったぁぁぁ~。良かったぁぁぁ~! 八五郎さん、どうもありがとう

ございますぅ。疲れとストレスで肩がパンパン、破裂寸前だっす。一日中Confusionの嵐どした(号泣)

♪今日のラララ~ン ♪Mailが繋がった~ 繋がった~ 繋がった Mailが繋がった~ ア~クセ~スしよ~(笑)

封印

2003 年 3 月 4 日

私は元々スポーツに興味がない。でも、大リーグで松井がホームランをカッ飛ばす姿を見るたび、ワクワクする♪

松井が大リーグ行きの心境を語っていた時、「夢を10年間封印してきました」というセリフを聞いて、グッと胸が

詰まってしまった(泣)。そっか、巨人であれだけ大活躍しても、やはりあきらめきれなかった大リーグへの夢・・・

封印を解かれたゴジラは今、アメリカの大空の下、真っ黒に日焼けし、野球をEnjoyしている。かなり緊張しなが

らも、やはり顔は満足げだ。あなたの巨人軍での10年間は、決してムダじゃなかったんだよ。だから、今がある!

「『己に与えられた楽器を、余念なく奏でよ。彼の持てる楽器に、心もてあそぶなかれ』という言葉が好きです。

他人をうらやまず、自分に与えられた環境、性格、運命を一生懸命に生きること。目指す自分の夢に向かって、

迷うことなく、一心に進むことの素晴らしさを忘れないで下さい」と言ったのは、松井昌雄さん。えっ、ソレって誰?

そう、ゴジラ松井のお父さんだ。空庵のサーバーの不具合で、想像以上のストレスがたまり、雛祭りの前日まで、

精神状態が良くなかった私(号泣)。そんな時、この父ゴジ(←ゴジラの父(笑))の言葉を聞いて、必要なメッセ

ージは必ず与えられるんだと思った。まさに、絶妙なタイミングだったから。他人をうらやまず、自分に与えら

れた環境、性格、運命を一生懸命に生きること。言うは易し、行うは難しだ。私は精神状態が不安定になると、

必ずといっていいほど、ある特定の人がうらやましくなる。自分にないものばかりに、目が向く。将来を悲観して

落ち込む。今年はなぜか、女の子のお祭「雛祭り」に癒しの効果があったようだ。私の内面がガラッと変わって、

色々な事が受け入れられるようになり、将来の選択肢の幅が広がった。とにかく今までにないうれしい変化だ!

一体、どうしたというんだろう? 自分にもわからない。でもラクになれた。封印が解かれた女ゴジラかもね(笑)

♪今日の貢物♪ 未空母より「新不思議な魔法靴下(赤)」←遠赤外線セラミックスねり込み&着用するだけで、かかと美人(笑)

琉球号

2003 年 3 月 3 日

デカデカと街中に、大きく貼り出されてたポスターが、ミョ~に気になっていた新発売のお茶「琉球号」

早速コンビニに行ってみると、結構なくなってるじゃ~ん。やっぱ、私のような奴がぎょーさんいると見た。

パッケージの沖縄のシーザーが、なかなかスキだっす。まずは一口ゴクッ。あっ、思ったより飲みやすい。

コレはハト麦茶でしょ。ゴクゴク・・・ でもさぁ~、何か~しょっぱくな~い? あっ、やっぱね。沖縄塩入りだ。

ルーツは沖縄。毎日飲める健康習慣茶なんだそうな。中味といえば、ハト麦、黒豆、グァバ葉、ウコン、沖縄塩。

これまでのお茶では考えられなかった、新たな素材の組み合わせから生まれたのが、この琉球茶らしいんだけど、

やたら舌にビリビリ残るような感覚があって、コレは防腐剤系か何か? 私には「健康習慣茶」にはならないなぁ。

何てったって、茶好きのババ未空だからさぁ。お家で飲んでるお茶が一番だねぇ。さてさて、今夜もズズズ・・・

♪今日のラララ~ン♪ 夕方の雨で、かなり時間の短縮ルートを発見。やっぱ、地下鉄→JRだな。まさに、気づきの雨だった。

BAMORA!

2003 年 3 月 2 日

「BAMORA!」とは、ポルトガル語で「さぁ、いこう」という意味なんだそうな。今はまさにそんな感じだが、

夕方ぐらいまでは、ランチもろくに食べず、Web Masterの八五郎さんとのやりとりに、明け暮れていた。

「えっ、入れない?」「うん、入れない」「パスワードが前のままになってるからかな」「じゃ、新しいのに

変えますんで」「はい、お願いします」・・・ よし、コレでO.Kだと安心してると、「スミマセン、更新履歴

がUPできないんですけど」「エラーになってます?」「はい、ダメですね」・・・ 「今、直したんで」「どうも

ありがとうございます」・・・ よし、今度こそと思っていると、「あのぉ、画面が真っ白なんですけど」「えっ?

TOP画面の方ですか?」「はい、何も出てこないんです」「あっ、そっちはチェックしてないな」・・・ えーい、

3度目の正直だ! 「未空さん、画面の幅が違うんで、表示がズレちゃうんですよ」「わかりました。こっちで

修正します」カチカチカチカチ(←入力の音)。そしてEnter、ポチッとな(笑)。やったぁ、コレでぜ~んぶO.Kだ!

全面復旧したぞぉ(号泣)。八五郎さん、お休みのところ、本当にお疲れ様でした。今日は空庵のReBirthday♪

♪今日のラララ~ン いろ~んなコトが一気に片づいて、超イイ気分♪ 体調もバッチシで、「ストナ」に感謝だ(笑)

末端

2003 年 3 月 1 日

空庵のメンテナンス画面の復旧作業がまだなので、「笑庵」の更新ができない状態になっている(泣)。

今日起きた、航空機管理局のプログラミング事故によって、離発着のできない飛行機が続出。どの

空港も大混雑というニュースを見ながら、規模や重要性は違えど、決して他人事ではないと思った。

誰だって、より良くしていくために、プログラミングを変えたりするはずだ。どんなに頑丈なセキュ

リティーであっても、世の中には悪質なクラッカーがいる。システムを破壊する事を目的にしている

人に狙われたら、たまったものではない。想像以上にダメージが大きい場合もあり、復旧作業には

時間がかかるはずだ。何かあれば、一番イヤな思いをするのは、末端の人達だと思う。空港でいえば、

カウンターで働く人達だろう。拡声器片手に、声を張り上げ、事態の打開に取り組まなければならない。

ダラダラ文句を言われたり、怒鳴られたり、嫌味を言われたり、大変だろうなぁと思う。一般企業なら、

電話受付だ。DMのクレームに始まり、ありとあらゆる理不尽な小言を聞き続けた挙句、名前を聞か

れたり、自分のミスでもない事を何度も謝り、いくら仕事とはいえ、それはそれはストレスがたまるだ

ろう(号泣)。前から相談を受けていた友人が、電話受付業務にとうとう耐え切れなくなり、今月いっ

ぱいで辞める事になった。「とにかく、もう限界」だと言う。4月からの仕事は決まっていないが、何と

かなるだろうと希望を抱いている。その理由は、「全てここよりマシだと思うから」。そうだね。きっと

良い仕事が見つかるよ。今まで本当にご苦労様でした。そんな彼女にエールを送ろう!

♪今日のラララ~ン♪ 起き抜けに、未空弟2号が買って来た、デカいあんドーナツを食べた。超久々でマイうぅぅぅ~。

ちょっとイイ話⑱

2003 年 2 月 28 日

これは、大阪で聞いた話だけれども、天満の寺町界隈は、坂の多い所だ。

自動車なんてない頃だ。荷車を引いている連中が、いつもそこで苦しむ。

その近所の子供の中に、頭のおかしい子がいて、親がいつも持て余していた。

それをある感心な人が、可哀想に思ってな、ある日、その子に言ったそうだ。

「お前、ワシが弁当代をやるから、朝起きたら、坂の所におって、坂で車を

 引いて、ふぅふぅ言っておる小僧や、年寄りや女の人が来たら、押してやれ。

 しかし、決してお礼をもらってはいかん。その代わり、ワシが夕方帰って

 来たら、必ずお前に駄賃をやる」と。駄賃をやって、一日やらせた。

バカの一つ覚えで、駄賃をもらうものだから、一所懸命にやる。そこで、

ありがたがって、何がしかやろうとすると「いや、そんなものは、もらわん」

と言う。それが、たちまちのうちに、えらい有名になった。「この坂にえらい

感心な小僧がおって、少し足らんようだけれども、心掛けのイイ奴だ」という

事になって、評判になった。1、2ヶ月するうちに、「家に来てもらえまいか?」

「あれを引き取りたいが・・・」という申し入れが、たくさん集まるようになった

そうな。それは、なまじ小利口な油断も隙もならんような奴よりは、智慧遅れ

でも、真面目で糞力があるのだから、非常に役に立つ。これを一つ活用したら、

どんなにイイかわからない。その後、立派に店を持つ者になったそうだ。

♪今日のTV批評:マネーの虎♪ 真剣な眼差しは、美しく輝いている。どの人も応援したくなった。

悲郷

2003 年 2 月 27 日

帰って来ると、未空父がいなかった。「どこ行ったの?」「新潟」と未空母が答える。「えっ? またぁぁぁ~。

だって、行ったばっかりじゃん」「そうなんだけど。また行かざるえなくなって・・・ 亡くなったのよ」「はぁ?

誰が? いつ?」「昨日かな。Kちゃんっているでしょ?」「あ~、あのカワイイおばちゃんね」「あの息子さん」

「えっ? Kちゃんじゃなくって、息子さんなの? だって、まだ若いでしょ」「そうよ。だって、この間のSおじ

さんのお葬式の時に来てたもん」「それじゃ、事故か何か?」「ううん。そうじゃなくて・・・ 自殺なんですって」

一瞬、言葉を失った。享年48才。独身で、70代の両親と同居していた。「Kちゃんの気持ちを考えると、胸が痛ん

でね」と未空母は言う。今夜がお通夜で、明日が告別式。Kちゃんは92才の祖母の妹だ。今回亡くなった男性は、

未空父の従弟になる。「独身だったし、だんだん年を取ってきて、寂しかったのかしらね」と周りは想像するの

だが、それはあくまで推測にすぎない。本当の理由は、その人にしかわからないのだから。それにしても驚いた。

また2月に、新たな命日が刻まれていく。未空母は7人兄弟だったが、4人お腹の病気で亡くなり、3人兄弟の次女だ。

その当時、未空母が住んでいた田舎では、親より子供が先に死ぬのは、親不幸という理由で、焼き場に両親は行け

なかったそうだ。今から考えると、小さい棺に入った我が子が、灰になるのを見るのは、親として耐え切れないだ

ろうという配慮から生まれたんだと思う。自殺した人間を責める気は毛頭ないが、やはり年老いた両親の気持ちを

考えると、つらい。気が狂わんばかりだろう。Kちゃん夫婦は今、どんな夜を過ごしているのだろう。「死」は常に、

残された側の問題だからだ。今日、空庵が全て正常に戻った。きっと息子さんが悪い所を持って行ってくれたのだ

ろう。やはり、人の死には意味があると思う。私は静かに手を合わせた。息子さんには罪はない。どうか安らかに・・・

♪今日のラララ~ン♪ 空庵が全て正常に戻った(号泣)。八五郎さんに感謝だ。風邪っぴきの中、本当にご苦労様でした!

揺芽

2003 年 2 月 26 日

夢とは「揺・芽」

「揺るぐ芽」である

あきらめてしまったり

失望してしまったりしたら、

決して「芽」が出ることはない

自らが自らの希望の芽を摘み取ってしまう

「絶対叶う」といくら思っても

叶わないこともある

ましてや「無理だ」と思うのならば

叶うはずもない

夢は見るものでもなく

叶えるものでもない

大事に育てるものなのだ

心の鉢で育ててゆこう

大事に、大事に、丹誠込めて育てたら

たとえ思い通りの花は咲かなかったとしてみても

見たこともないような新種の花が

咲き乱れる日がきっとくる

叶わなくても大丈夫

夢は形を変えるのだ

あなたが変わってゆく方向に

だから、今はまだわからない

それが何かはわからないけど

必ず夢の向こう側には

あなたの居場所があるものだから

「時間」という名の陽に当てて

「努力」という名の水をやろう

夢を「揺るぐ芽」にするのも

「揺るぎない芽」にするのも

すべてはあなたの育て方ひとつ

日々の水やりを忘れずに・・・

♪今日のラララ~ン♪ 太極拳のS先生にホメられちゃった。へっへっへっ。

当たってる(笑)?

2003 年 2 月 25 日

「あなたは根本的に、明るくて朗らかな、心の優しい人です。気さくで、見返りを期待

しているような押し付けがましさがなく、持ち前の気前の良さと親切心といったもの

も重なり合って、自然に人を引きつけるような輝きを持っています。また、社交上手で、

相手の年齢や性別に関係なく、ラフに付き合える親しみやすさも備えていますから、

そこにいるだけで人の輪ができるような、不思議な存在感を感じさせるあなたです。

みんなでワイワイやりながら、協力し合って何かを作り上げていく事が好きなよう

ですし、大勢の人に助けられて、成功を手にする暗示もありますから、今のままの

チャーミングな部分を、この先もずっと残していけるとイイですね。アイデアが

豊富で、意外と商才にも恵まれているのですが、気分屋でちょっぴりワガママな

ところと、浪費に走りやすいところに気をつけましょう。あまり物事にこだわら

ないので、もう少し執着すると、成果が上がるようになるはずですし、仕事は

スケジュールをきちんと組んで、取り組むことをお薦めします」

以上、風水のわかる不動産屋&手相コンサルタント&世界一周ヨットレース

経験者という方が送ってくれた、私の生年月日によるPC占いどぇした(笑)

♪今日のラララ~ン♪ 私にしては、早寝が続いている。あくまで私にしては、なんだけどね(笑)

マイコー

2003 年 2 月 24 日

途中からだったが、「マイケル・ジャクソンの真実」という番組を見た。「過去に鼻の部分を2回整形手術をしているが、

後は成長したんだよ」と言い切る彼。いつの間にか子供が増え、子育てに母親の存在は全くなし。赤ちゃんのポスターに

は異常なまでの執着を見せ、ツタンカーメンのレプリカの棺桶を買う。しかし、自分が入るために買ったのではなく、単に

金キラキンで美しかったから。マイケル自身は、永遠に生き続けたいと言う。友達は子供ばかりで、彼専用の広大な遊園地

に招待し、泊まっていきたいなら、両親の許しがあれば、一緒の部屋で寝るという。しかし数年前に、ある男の子から性的

虐待で訴えられ、莫大な和解金を払っている。何てったって、ケタ違いの大金持ちだ! マイケルのそんな姿を見ながら、

高校の頃に見たフランス映画「シベールの日曜日」を思い出した。ある白痴の男が、小さい女の子と仲良くなって、一緒に

遊んでいるのだが、それは世間一般からすれば、異常行為であり、誘拐されたと大騒ぎになる。確かそんな物語だったと

思うが、ラストシーンをよく覚えていない。多分、悲劇的な結末だったんだろうなぁ。彼は純粋な心の持ち主で、少女に

痴漢行為をした事はない。ただ、仲良しだっただけ。映画では、彼の心の動きが中心だったため、何て世間は頭が固くて、

物事を悪く悪く捉えるんだろうと思ったのを覚えている。果たしてマイケルはどうだったんだろう? 純粋に仲良くなりた

かっただけなのか? それとも・・・ マイケルと一緒にいて、ガンが完治した少年は、インタビュー中にも頭をマイケル

の肩にもたげ、すっかり甘えている。少年は「マイケルは44才じゃなくて、4才なんだよ」と庇い、どちらも満足そうだ。

確かにそうなのかもしれない。大人になりきれないマイケルは、「世界中の子供が全員死んだら、今すぐベランダから飛び

降りるよ」と言った。本気だと思う。マイケルには、ハーメルンの笛吹きの雰囲気が漂っていた。孤独な元スーパースターだ。

♪今日のお初♪ 原宿・筑豊ラーメン「ばさらか」 スープはおいしいんだけど、やっぱ麺が縮れてないと、イマイチなんだよね。

2003 年 2 月 23 日

先週の日曜日、ガンの事をDiaryに書いたが、2/20に新潟のおじさんが、喉頭ガンで亡くなった。68才だった。

この週末、未空父&母はお通夜とお葬式に出席するため、全ての予定をキャンセルして、新潟に出かけて

行った。人が死ぬというのは、いつも突然で、全ての予定が白紙になる。おじさんは入院中で、放射線治療

を受けていたが、主治医には「短くて3ヶ月です」と宣告されていた。かなり苦しかったのか、わがまま放題に

なり、病院側から、「ご家族の方が泊まって、面倒を見て下さい」と言われたほど。父方の祖父も、最後の最後

になって、まだ92才で生きている祖母の手を叩いたり、つねったりしたらしい。元気な時だったら、とても考え

られない行動だ。看病する方だって、たまったもんじゃないと思う(泣)。でも、その人が死んだ後は、そんな事

すら過去の話になり、誰も恨みつらみを言わない。だって、2度と生きて会えないから。全てが許されてしまう。

死とは、それぐらい凄まじいものだ。2月は母方の祖父の命日があり、去年は未空父の一番上の姉の旦那さん

が亡くなった。今回は、2番目の姉の旦那さんだ。未空父はこの季節、2年連続で、義理の兄を亡くしている事

になる。しかし、92才の祖母は、すっかりボケてはいるものの、まだ健在だ。これも「定命(じょうみょう)」なので

仕方がない。「両親が死ぬと、次はいよいよ自分達の番だと思うよ」と未空父&母が言っていたのを思い出す。

留守番を任された私は、戸締り・火の用心に人一倍気をつけ、散らかった自分の部屋を片づけ、洗濯をして、

全部の部屋に掃除機をかけ、お風呂を磨き、当たり前の日常生活を、いつも以上に念入りに行う。こうする

事が、亡くなったおじさんに対する、私からの供養になるような気がして・・・ お酒の大好きな人のいいおじ

さんだった。御冥福を心から祈りたい。おじさん、別世界での新生活を楽しんで下さいね。

♪今日のラララ~ン 久々に山下達郎のラジオを聞きながら、たらこパスタ&卵サンドを作る。いや~音楽って、ホントにイイものですね♪

♪只今のBGM : Barry Manilow「Even Now」より ♪Copacabana(At The Copa)

Stressful

2003 年 2 月 22 日

「今のあなたの最大のストレスは?」と聞かれたら、即座に「PCの不調です!」と断言できる。

Netに繋がらない、Mailが送れない、“空庵”にアクセスできない、エラーメッセージが出るetc.

これらは満員電車以上のストレスだ(泣)。満員電車ならば、大きな駅に来れば、一瞬でも人が

降りたりして、自分の態勢やポジションを変えたりする事ができる。ある程度の読みがきくワケ

じゃん? PCの不調は、理系の頭がない限り、全くのお手上げなんだよ。原因もわからなけ

れば、いつ復旧するかもわからない。誰かメンテナンスの人が来てくれるワケでなし。真夜中

なんて、思わず怒りを通り越して、ワンワン泣きたくなってくる。“空庵”がおかしくなった時、

バホな私にできる事といえば、Web Masterに電話をかけ、「あのぉ、繋がらないんですけどぉ~」

と泣きつくだけだ。ホントに情けないよね。自慢じゃないが、サーバーの知識なんてゼロだもん。

“空庵”が止まったら最後、カキコもできなきゃ、裏方の作業も何~もできない(泣)。だから、

アクセスできる今に感謝しよう! できる限りのイマデキをやろう! 巫女未空も大忙しだ(笑)。

♪今日のラララ~ン♪ 未空弟2号がフラリとやって来て、仕事のアイデアをくれた。マジに感動だぁ(泣)

K.Rさん

2003 年 2 月 21 日

毎週金曜日の朝、最寄の地下鉄の駅前で、区議会議員のK.Rさんという方が、自ら製作している区議会

レポートを配っている。B5サイズの手書きのチラシで、AM6:00から配っているという。区議会6期24年

のベテラン議員さんだ。通勤に向かう人達に、「おはようございます。朝のお忙しいところ、どうもあり

がとうございます。お気をつけて。いってらっしゃい」と大きな声で、明るく声をかける。最初は気に止め

なかった私だが、最近は彼の名前の書いてある幟を見つけると、あっ、今日は金曜日かと思うくらい

に定着した。今では、レポート発行数120万枚、街頭宣伝は12000ヶ所になり、まさに、継続は力なりだ!

毎週発行と聞くと、どうしても“空庵だより”とダブってしまって、発行者を他人と思えなくなってしまう

のだ(笑)。内容が区政となると、対象の読者も“空庵だより”とは大きく違ってくるが、読み手がいて

くれるからこそ、発行できるという点については、どちらも変わらない。区議会レポートの欄外に「『がん

ばってるね』『寒いでしょ』『何時から立ってるですか』とお声をかけて下さる方が、たくさんおいででした。

うれしいです」と書かれてあった。この気持ちはよ~くわかる(泣)。私が読者の方から頂くMailと同じだ。

たった一言だって、超ウレシイんだから! お互い自分で始めた事とはいえ、根気の世界だ。だからこそ、

かけがえのない出会いにも巡り会える。K.Rさん、私の住む区を良くして下さい。これからも応援してます!

♪今日のお初 コロちゃんコロッケ(50円)を食べた。うまッ♪ カマンベールチーズ・コロッケ(150円)も気になるなぁ。

研ぎ屋

2003 年 2 月 20 日

最近、家のマンションの前に、イマドキ珍しい研ぎ屋のおっさんがいる。研ぎ料は、包丁が1丁600円、

ハサミは800円で、何気に繁盛してるらしい。未空母が包丁を頼んだところ、そのおっさんが「この

スーパーの前にある薬局屋は、今月でなくなるからね」「えっ? そうなんですか?」「だって、ホラ

店の横に、張り紙してあるでしょ?」「えっ? どこどこ?」わざわざ見に行く未空母(笑)。「あら~、

ホントだわ。近くにマツキヨやサンドラッグとかもできたから、あの店の規模じゃ、結局は勝てなか

ったのよね」と言うと、おっさんは「でも、もう次の人が見に来てるんだよ。ホレ、名刺。そのOさん

っていう人は、T銀座で魚屋を経営しててね、安くてうまいんだよ。都内で事業拡大を狙っててさぁ」。

恐るべし、研ぎ屋の情報網! 何でそんなに詳しいんだ?と思ったら、元魚屋なんだそうな。「ここら

辺だと、Hはイイ魚が入ってるね」。Hはちょっと遠い店だな。未空母の常連の魚屋はU。いつも未空

家では酢魚を作るため、Uのオヤジが「奥さん、今日おいしいイワシが入ってるよ」と声をかけてくる。

未空母は「きっと私がイワシに見えるんだわ」と言っている(笑)。そっか~、UはHよりモノが落ちる

のか。でも、家のマンションの前に、安くておいしい魚屋ができたら、Uもスーパーも脅威だろうなぁ。

刺身●命の私には、超うれしいけど♪ 商店街に1軒しかなかった老舗の豆腐屋が、京都からの

新しい豆腐屋が近所にできたら、オヤジが拡声器持ち出して、毎日店の前で営業してるもん。ざる

豆腐の値段は下げたし。やっぱ、競争って必要だよね。みんな、生き残りに必死だ(泣)。ちなみに、

未空母曰く、研ぎ屋のおっさんの腕は、大したコトないそうな。チャンチャン(笑)

♪今日のお初♪ 百合根の天ぷらを食べたんだけど、ホクホクしてウマかった。感動だよぉぉぉ~。

サービス

2003 年 2 月 19 日

PM3:30過ぎに、初めてA銀行のATMに行った。もう合併が近づいているので、看板が変わり始めてるんだね。

同じ銀行の他店へ振り込みしようとしたところ、現金は受け付けないという。はぁぁぁ~? ソレって何なのぉ?

わざわざここまで来たんですけど、ムダ足だったっちゅーコトでっか? 何でやねん。ムカッ! 結局、A銀行

の口座を持ってる人しか、ATMは使わせてやんないよ~んだ。ぶわ~かで~いってコト? あのさぁ、どーして

そーゆー意地悪をするワケ? よりお客さんを増やしたいとは思わんのかね。合併して、より良いサービスが

どーのこーのってポスター貼ってあるじゃん。だったら、ATMを現金振り込みの人にも使わせろよなぁ。何か

おかしくないでっか? U銀行が時間外の通帳繰り越しに目を付けた辺りは、なかなかやるじゃんと思ったよ。

私も声を大にして言いたかったかんね。結局、手数料も横並びになってきてるよね。どーして変われないの?

♪今日のラララ~ン♪ 風水のわかる不動産屋&手相コンサルタント&世界一周ヨットレース経験者という方

              からMailを頂く。そっか、知らなかったなぁ(笑)。こちらこそ、これからもよろしゅーに。

地下鉄で起きた悲劇の真相 in 韓国

2003 年 2 月 18 日

「地下鉄」と聞くと、私はすぐに春日三球・照代の漫才を思い出す。
「あんなに長い地下鉄を、どっから入れるんでしょうね」というおな
じみのネタだ(笑)。

春日三球は、過去に何度も「そんなに興味があるんだったら、今度
ご案内しますよ」と地下鉄関係者に言われ、実際に車両を入れる
所を見せてもらったらしい。

「でも、ソレがわかっちゃうと、メシの種にならないんでねぇ」と笑い
ながら、妻の照代さんが亡くなるまで、「地下鉄」の夫婦漫才を
続けていた。

打って変わって、お隣韓国の地下鉄の悲劇は、死者120名を越え、
決して漫才ネタにはならない(号泣)。犯人の無職の男は、体に
障害を持っており、自らの将来を悲観して、「1人で死ぬのは悔し
いから、みんなで一緒に死のう」とガソリンをまいたらしい。

本人はヤケドを負ったものの、命に別状はなく、病院で手当てを
受けている。事故当時、地下鉄のドアは開かなくなり、車内は
真っ暗になったそうだ。どんなに不安だっただろう。怖かったろう。

恐ろしかったろう。考えただけでもゾッとする。私は地下が好きで
はない。すぐに地上に出たがるタイプで、人一倍「空」が恋しい
んだと思う。空庵の「空」、未空の「空」、知らず知らずのうちに、
「空」という文字を使っていた。

「空」は、私の精神安定剤といってもイイ。ふと見上げれば、どこ
までも続く青い「空」。雲が流れ、太陽や月や星が輝き、雷雨が
轟き、その後には、美しい虹も出る。こんな素晴らしいパフォー
マンスが、他にあるだろうか(号泣)?

どこからどこまでが、「空」なのかわからない。つまり、実体がない。
だから「空(くう)」。Skyであり、Airであり、Emptyであり、深い
意味を持つ「空」。ムズカシイ事は全然わからないけど、空を
見上げてるだけで、ココロが落ち着いてくる事もある。

私の元気の源とも言えるかな。「We’re sharing the same sky」
という言葉が好きだ。今にも戦争が勃発しそうな国、どーしょもない
独裁者が牛耳ってる国、忌わしい悲劇があった国、どんな国の
上にも、「空」は輝いている。

亡くなった方々のご冥福を心からお祈りしたい。

♪今日のラララ~ン♪ 突然、お土産が頂いた。私がキモい時、密かに遠隔ヒーリングをしてくれた読者の方だった。ひたすら感謝のみ(号泣)

な~るヘソ

2003 年 2 月 17 日

遠方での出張研修で、ホテルを利用する機会が多いものです。

1泊ならばともかく、2泊3泊となると、多少疲れてきます。

一度泊まったホテルに、再びお願いすることがあります。

でも、2回目の対応も前回と同じでした。フロントに近づくと、

「いらっしゃいませ」から始まります。前回と同じ人が、フロント

に立っています(お客さんは、割と顔を覚えているものです)。

「お願いしている鈴木です」「お待ちしていました。こちらに

 ご署名お願いします」同じ事の繰り返しです。思わず「前と

 名前も住所も変わりません」と言いたくなります。ここで一言、

「鈴木様、いつもありがとうございます。同じ事の繰り返しで

 申し訳ありませんが、ここにご住所とお名前をお願いします」

「以前は、○月にご利用いただいてますね。今回もお仕事ですか?」

一気に距離が近づきます。単純なものです。疲れも吹き飛びます。

でも、未だこのようなことは経験した事はありません。何回泊まれば、

覚えてくれるのか? 1回や2回で、それを要求するのは無理なのか?

設備にお金をかけるのも、大切な接客です。でも、お金をかけなくても

できる事があります。基本の基本、お客様を覚えることです。頭の中

に入っていなくても、リストで確認すれば済むことです。お客さんは

難しいことは要求しません。単純なことで、充分うれしくなるものです。

~メルマガより部分引用~

♪今日の大ウケ♪ 名古屋名物「えびふりゃ(チョコレート味)」はインパクトあるゾ(笑)

2003 年 2 月 16 日

「魂の兄弟、宮下富実夫の訃報に接して」

2月6日午前2時26分、兄弟は永眠した。その8時間前、容体の急変を知らされても、私は動かなかった。

この1年、意識のある内に、俺は兄弟にまっすぐにぶつかってきて、悔いはない。奇跡を毎日祈り続け

ていたし、意志の疎通もできなくなってしまったならば、後は苦しむ事もなく、スッと帰ってくれと祈る

気持ちだけがあったからだ。よく頑張った。余命数ヶ月と宣告されてから、およそ1年の間、頑張った。

私など、頭が痛くて寝ていても、なかなか快方に向かわないような気がして、一息一息がもどかしい。

それを彼は、1年続けてきた。しかも、ガンという病魔と対峙して・・・ 死という確かな現実を突き

つけられた今、何を言っても悔いになる。しかし、悔いのままでは何も変わらない。学べない。ならば、

たった1つ、どうしても書き残したい事があるので、独り言とした。エイトスターに関わる人達は、みな

見えない世界の理解者である。いや、それを越えて、この現実の世の元の世界として、見えない世界を

第一に考えて生きている人は多い。それくらいに、見えない世界は魅力的だし、この世に対して、決定的

な原点であり、物質界に影響大の世界である。しかし、この世とあの世では、全く別に考えなければなら

ない事がある。この世の事には、手を出せない範囲が、あの世にはある。この世の事は、この世の決まり

の中で、解決しなければならない事がある。ともすると、大本の見えない世界の力、気だとか、ヒーリング

だとか、霊的なエネルギーに頼ってしまう傾向が多々ある。彼も言った。「兄貴、やっぱり俺、手術は

できないよ。だって、ヒーリング・ミュージックを人に啓蒙しているんだから、ここは率先して、癒しの

力に賭けてみるよ」その時私は、こう答えた。「そうか、兄弟がそう決めたならば、何も言わないよ。

その代わり、代替え医療の良いと思うもの全てを取り入れてでも、やり遂げろよ。まずは、俺が大感激

した末期の病気を75パーセント治すという、ガストン・ネサンの治療法を薦めておくよ」と。その方法で、

末期の肝臓ガンから生還した人が、私のごく近くにいた。元気に生き続けている彼を、信じられない思い

で、今も見つめている。4年になる。そんなすごい治療法だった。兄弟にとっても、それから1年半近く、

その方法は彼を救ったかと思わせるほどに、順調に普段の生活をさせてきた。しかし兄弟の場合、結果的

には、健康を取り戻すまでにはいかなかった。だから、悔いる。この世の事は、まずこの世の方法で解決

するという事を、貫かせる事ができなかった事に、悔いを残す。「とにかく病巣を取ってからだよ。それ

から、代替え療法を受ければいいじゃないか」と言い切れなかった事に、強い悔いが残る。彼のガンは

その時、まだ左肺上部に直径1センチ足らずのまん丸の黒い球として、レントゲンに写っていた。写真

を見て、医師はガンだと言ったが、元気だった彼は、半信半疑だった。だからこそ、自分の信じる道

を進んだ。途中、再検査の時、まだまん丸だったという報告を聞いて、「やっぱり取っちゃえよ」と

言った事はあったが、彼はこのまま広がらない事を期待した。いや、私も期待した。「もしかすると、

動かないという事は、ガンではないかもしれない。昔の何かの完治後なのかもしれない」と。細胞検査

でも、発見はされていなかった。そして、アメリカに渡って、また新しい治療法を取り入れて、帰って来た

のが、1年前の2002年の1月の事。行く時に元気だった彼の顔色は、たった3週間で土気色となっており、

私は初めて、そして本気で「やばい!」と思った。新しい方法が合っていないと思った。毎日10回にも

渡って、大量の特別製の塩の錠剤を飲む方法だった。その塩、EAVで測ったら、元気な人さえ、重い

病気のエネルギーにさらされる塩だったし、その量であった。彼の周辺も止める中、彼自身も慌てて

止めて、もう一度ガストン・ネサンに戻った。しかし、その時まで動かずに、1ヶ所にまとまっていたガン

細胞は、一気に身体中に放たれてしまったらしい。それからは、止めどがなかった。そして、1年が

経っていた。だから、悔しい。あのたった直径1センチくらいの時に、無理を言っても、摘出手術を

させれば良かった。現代医学の持つ力はすごい。肉体がこっちの世ならば、現代医学はこっちの肉体

側の医療。見えないあっちの世ならば、食事療法や代替え医療。ならば、せめて肉体に起こった病は、

まずできる範囲で、この世の治療法に任せる。それが、たとえ霊主肉従のこの身であろうとも、まず

病んだ所を取り除いてからでも遅くない。特に、1ヶ所に固まっていたからこそ、余計にそう思える。

ちょうど、彼が最後の戦いをしている時、世話になる山蔭古神道の管長の節分祭があった。エイトスター

の関係者も、69家が御祓いを頼んでいた。その中の19家に、何らかの問題ありと連絡があった。中でも

2方は何が起こっているのか、至急調べてほしいとの連絡であった。一方は、脳内の動脈瘤であり、一方

は子宮奥のガンであった。そして、驚いた事に、お2人とも同じ返事をなさった。「気の良い先生に出会

ったおかげで、再検査の結果なども良く、手術をキャンセルして、エネルギー治療に賭けます」と。それ

を聞いた管長の指示は素早かった。「とんでもない。とにかく、すぐに手術をさせなさい。特に動脈瘤

なんて、いつ破裂するかわからない。破裂したら、その瞬間に終わりだよ。何を悠長な事を言っておる

のかねぇ。この世の事は、この世の方法で、まず治療するんだと伝えてくれ」。手術をして10日、手の

しびれも言語の乱れもなくなり、2日目から歩いていますとの報告に、「良かった」と管長は喜ばれた。

もう一方は、もうしばらく猶予期間をおくとの事であった。とにかく、だから悔いを残さないように、取る

ものは取るが、今回の兄弟からの学びの1つのような気がしてならない。自分のこだわっている事に、

なり切りすぎてもならないとも、教えているようにも思える。兄弟は、ヒーリング・ミュージックの先駆者。

誰も考えもしない時代から、素晴らしい音楽を提供していた。だからこそ、ヒーリングに賭けた。しかし、

間に合わなかった。私はだから、病気になりにくい中庸のダイヤモンドを啓蒙しているけれども、万一

にも病気がはっきりして、手術が必要だと言われたら、躊躇なく受けるだろう。それはそれ。これはこれ。

まずは、この世の方法でやれるだけの事はやる。特に3歳の時から、喘息に苦しんだ私にとって、昔から

医者と薬は、苦しい時の神様だった。だから、私の場合には、躊躇はしない。兄弟、これでいいだろう。

絶対に正しいという道はないかもしれないが、兄弟からは、こう学んだよ。それでいいだろう? 俺は今も、

兄弟の音楽を、毎日聴いている。出会ってから14年あまりの間、本当に変わらずに、大好きな音とメロ

ディー。特に「誕生」と「マンダラ」は、我が人生のベスト曲だよ。ありがとう、兄弟。いい男だった。

兄弟の存在そのものが、癒しだった。争わず、荒立てず、いつも穏やかに、そこにいた。その身体から

発する音は、まさしく癒しだった。これからも、ずっとずっと聴き続ける。兄弟の魂の感性を感じ続ける。

そうか、今年に入って、2人の宮下を失ったか・・・ アイリドロジーの彼は、逮捕。そして、兄弟は天国。

他に、宮下名で知っている人はいない。消えた宮下は、一体私へのどんなメッセージなのだろうか。9日

の告別式から、すでに4日。兄弟が、肉体でこの世にいないなんて、とても考えられない。私よりもずっと

ずっと若い54歳と1ヶ月。寂しくて、たまりません。冥福を祈ります。新年早々の悲しみでした。

/田村 熾鴻(たむら たるひろ エイトスター・ダイアモンド)

♪今日のラララ~ン♪ ディスカバリー・チャンネルで、キングコブラの生態を見る。自然界の営みの素晴らしさよ(泣)

趣味

2003 年 2 月 15 日

すぴこん以来、「許可レベル」というのが気になっていた。何事においても理想の高い(←単に己を知らない(泣))私は、

現実の自分の実力とのギャップに、いつも苦しめられている。だから、自分自身になかなか許可を与える事ができない。

San Diegoでは英語力。自分の思っている事を、相手に伝えられないもどかしさ、情けなさ、悲しさにイラついていた。

すぐ目に見える結果を出そうとする、昔からの私の悪いクセだ(泣)。改めて考えてみると、私は何をやってる時間が、

一番楽しいんだろ? 大好きなお風呂に入ってる時でも、何気に湯船の中で、あるいは体を洗いながら、あーでもない

こーでもないとグダグダ考えたりしてるもんなぁ。そりゃ、毎日じゃないけど。まぁ、自宅の風呂だから、気分転換は

難しかったりするんだよね。“空庵だより”の新春対談の時、「師匠の趣味って何ですか?」と聞いたら「う~ん、ない」

と言われた。「えっ? 一つもないんですか?」と聞き返すと「昔は、ギターを2本も持ってて、ポロンポロン弾いたり

してたなぁ。社交ダンスもやっててさぁ、人気者だったのよ(笑)。太極拳も習ってたし。でも、どれも続いてないから、

趣味とは言えないでしょ」「それじゃ、無趣味なんですね」「う~ん、そうだろうね。じゃ、未空殿の趣味は?」「はぁ~、

そう言われると・・・太極拳はもう趣味の領域ではないし、読書も日常レベルの事だし。ドライブは好きなんですけど、

普通免許は持ってても、自分で運転できないし(笑)」「な~んだ。未空殿だって、オレと一緒で無趣味じゃねーか」。

美術展や映画を見るのは大好きだ。でも、頻繁に出かけて行くワケではない。やっぱ、風呂めぐりかなぁ。一番楽しい

もん♪ こーなったら、数々のCDや400巻以上ある音楽テープ・コレクションを編集して、「未空勝手にベスト盤」でも

作るかっ(笑)。コレは楽しそうだな。何だかワクワクしてきたゾ。早速MDを買って来よう。Newコンポの出番だぜぃ!

♪今日のラララ~ン♪ 夕方、Grayの雲の上から、放射線上に伸びる4本の飛行機雲を見た。金色に輝いて、眩しく美しい・・・

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