ちょっと早いが、今年最後に我が敬愛する心の師匠K先生に会いに行った。
先生は相変わらずお忙しい。営業時間を過ぎても電話がかかってくるし、
連休もない。私同様、皆迷い悩み、苦しみながら、K先生を頼りにしているのだ。
K先生の事務所のドアを入る時と出る時では、人間が変わったぐらいに楽になる。
そして自分自身の誇りを取り戻し、生きる勇気と自信を持たせてくれる。
今回も改めて、これがカウンセリングの原点だと確信した。私は私のままでいいんだよ。
こんな風に言ってもらえる人に会うと、ついつい長居してしまう。K先生が疲れているにも
かかわらず、いつも申し訳ないなぁと反省しつつ、このパターンになる私。ごめんなさい。
私は今まで「言いたい事があるのなら、正々堂々と目の前に言いに来ればいい」と思って
いたし、人にもそういう風に話していた。「でも、面と向かって言われればムカつくでしょ?」
とK先生。「だからさ、陰口なら言ってもいいけど、俺の耳に入ってこないようにしてくれ。
入ってこなければ、言われてないのと一緒だから」と言われ、目からウロコだった。
確かにそうだ。じゃ、面と向かって言われればO.Kなのかと聞かれれば、そうでない事を前提に
たいてい物事を話している。でも一番肝心なのは、自分の耳に入ってくるかどうかなのだ!
大きな勘違いをしていた私。自分の悪口・陰口を言われれば、どう考えたって腹が立つ。
K先生はあえて「自分の耳に入ってくるかどうか」、そこだけに注目した。伝達方法は関係ない。
そこに大きな意味はないからだ。物事の本質という意味において、私はまだまだ修行が足りない。
視野が狭い。K先生に会う度、いつもその本質の部分を見つめる練習をさせられる。
やはり私のような人間には、「賢者」は必要だ! K先生、いつもゴハン抜きでお付き合い下さって、
どうもありがとうございます。本当にすみません。ごめんなさい。こんな私ですが、21世紀もどうぞ
よろしくお願い申し上げます!