存在するものは全て良いもの
良い・悪いという事は実は定められないものです。良かれと思ってやった事が逆に
相手をスポイルする事もありますし、戦争中は人殺しさえ「正しい事」になります。
ピンチがチャンスにもなるし、災い転じて福となす事もありますよね。「全てのもの
には良い面と悪い面がある」と考えてもいいのかもしれません。そして、そのどち
らにフォーカスするかは自分次第なのです。
私は「風邪をひいたんですよ」と言われると「良かったですね。ゆっくり休めまし
たね」と言い、「私の親ってすごく難しいんです」と言われると、「うわ~、じゃ親
御さんと仲良くなれたら、大抵の人と仲良くなれますね」などと言ったりします。
そうすると「ポジティブ思考ですね」と感心されたりもするのですが、以前はムリ
ヤリ「良いところを見つけよう」という訓練もしていましたが、今は自然と心から
素直にそう思えるのです。悪い事の中には必ず良き種、ハッピーの種がある。
そう思えば、世界は「ハッピーの種だらけ」という気持ちになります。
私は自分が住む世界は、自分で決められると思っています。物事の悪い面に
ばかりフォーカスしていたら、「渡る世間は鬼ばかり」でちょっと切ない世界
で暮らす事になるでしょうし、良い面を見つけるようにしていたら「世の中、
捨てたもんじゃない」で、結構ステキな世の中で暮らす事ができるでしょう。
どちらにせよ「どんな世界に住みたいか決める自分の心1つ」なんですよね。
悪い中でも、自分にできる事を一生懸命やっていたら「地獄に仏」。必ず光
は見つかるのです。
トマス・アクィナスは13世紀のイタリア人。「神学大全」という本を書いた
神学者です。彼が言ったという「全て存在するものは良きものである」という
言葉には共感します。世の中には良いと思う事も悪いと思う事もいっぱいあり
ます。自分がしんどい立場にいたら、むしろ悪いものの方がいっぱいと感じる
かもしれません。
でも、自分の世界を創るのは自分の心1つ。「存在するものは全て良いもの」
そう思おうとすれば、良いものでいっぱいの世界に自分はいるのです。だっ
たら「全て存在するものは良いもの」そう思ってみた方が楽しくてお得の
ような気がしませんか?
/恒吉 彩矢子
♪箱根シリーズ:千条(ちすじ)の滝 小涌谷のバス停から歩いて15分くらいだろうか。世界中の水不足が深刻化している現在、このような風景は、それだけで豊かだと思う。周りに紅葉が多かったので、秋もキレイだろうなぁ。