仲間
またもや、集団自殺事件が起きた。今度は車の中だ(泣)。昨日、師匠が「昔から自殺はあった
んだよ。たとえ命を失っても、自分を消去したかった。でも、最近の自殺はリセットっていう感じ
がするんだよなぁ。死ぬという事が、もっと軽くてね。とりあえずリセットして、新しい自分に生ま
れ変わるかっみたいな」。本気で死ぬ仲間を募集して、もし意気投合したら、なぜそこで「こんな
に自分とわかりあえる人達が、まだこの世にいたのか。うれしいなぁ。だったら生きてるのも悪く
ないな。せっかく巡り会えたんだから、もう少し、彼らと一緒に生きてみるか」という思考には
ならないんだろうか? 新しい仲間は、生きる力にはつながらないんだろうか? 「死」という
共通項でしか結び付きが持てない仲間なのか? そうだよね、みんな死ぬ事が、唯一の生きる
目的になってるんだから。HPを閉じた時に出てくるメッセージには、「21世紀は空庵を通じて、
ココロのネットワークを広げていきたい。国籍、性別、年齢等は一切関係なく、お互いの存在が、
真の意味での支えになるような、そんなネットワークを作っていきたい。急激に親しくなるのでは
なく、じわじわとそれぞれの人間が持つ、素晴らしい存在感が伝わってくるような、言わばスルメ
のような関係を目指している」といった、私の想いが込められている。一緒に死ぬ仲間じゃなくて、
一緒に生きていく仲間。それがココロのネットワークだ。空庵を心の基地と呼んでくれた方がいて、
とってもうれしかった(泣)。やはり立ち上げて良かったと思った。私は空庵を通して、かけがえの
ない貴重な出会いを経験している。在り難いと思う。基地は「吉」に通ズ。勝手にそう信じている。
♪今日のラララ~ン♪ 師匠に枕の位置を風水で見てもらい、南と判明。おかげで爆睡した後、家事にいそしむ(笑)